電撃的な入部から数ヶ月、流れるように日々は過ぎていった。

「詩季、今日はいつもより早く部活が始まるから遅れないように来てね」

「わかりました……いつもより早いって何かあるんですか?」

「コンクールの曲が発表されるんだよ」

 毎年開催される夏季吹奏楽コンクールの課題曲が今日、発表される。

ー*ー*ー*ー*ー

「詩季!」

「音斗先輩!来るの早くないですか?」

「気になって居ても立ってもいられなくてさ」

 子供のように笑う先輩の表情が酷く愛おしい、大人びた口調との差に素直さを感じた。

「あと数分したら先輩方も来るんじゃないかな、でも詩季と僕が一番最初だったね」

 扉の外を覗きながら、発表の時を待つ。
数分後、全部員と顧問が集まりコンクールの概要説明が始まった。話を聴くことすら忘れ、僕は隣で目を輝かせる先輩を見ていた。
無邪気に頷きながら笑みをこぼす横顔に目を奪われる。

「き……詩季」

「……はい!」

「ぼーっとしてたけど大丈夫?」

「あっ……ちょっと緊張してて!大丈夫です!」

 見惚れていたなんて正直なことは言えなかった。
気づけば時間が過ぎていて手元には楽譜が届いていた。

「初めてのコンクールだと緊張するよね、これ楽譜」

「これが……課題曲」

「聴いたことある?」

「初めての曲です、音斗先輩は聴いたことありますか?」

「最初の部分だけならね、だから今から一緒に聴いてみようよ」

 イヤホンから伝う音は澄んでいて、綺麗な青色をしていた。
どこまでも続く海のような美しさの中に、隠しきれない寂しさと切なさが込められているように感じた。

「詩季はこの曲を聴いて何を感じた?」

「青い海……すごく綺麗で広い、でも寂しくて切ないような……」

「『Sea of Remembrance』この曲名の意味、詩季わかる?」

「わからないです」

「『追憶の海』っていう意味なんだ」

 追憶、過去のことを思い出して忍ぶこと。
誰かのことを想って、思いを馳せること。僕の感じた儚さはきっとこの言葉から来ているものだと思う。

「この曲に隠された物語とかってあるんですか?」

「いいところに目をつけたね」

 この曲には『亡き人を想い遺骨を海に撒く』という行為が背景に隠されているらしい。
故人との想い出と、美しすぎる過去の記憶に浸りながら未来を生きていく自分自身の意思を見つめ直す時間が繊細に、丁寧に描かれている。

「……そんな意味が込められているんですね」

「綺麗さの裏に寂しさがあるって気づいた詩季は鋭いね」

 曲の感傷に浸りながら楽譜に目を向ける、複雑に動く旋律と高く響き続ける旋律が交差する構成に惚れてしまう。

「詩季、ここみて」

「……はい」

「ここのトランペット、掛け合いになってるのわかる?」

 沈むような低音の中をトランペットの高音が掛け合うように交差する旋律、僕と先輩の掛け合い。

「僕と先輩の……」

「そう、この旋律の意味想像できそう?」

 二度と交わることのない故人への想いを馳せる曲、それならきっとこの音が連想させるものは……。

「届かない故人への気持ち……」

「そうだね、それと僕は逆もあるのかなって思ってる」

「逆……?」

「会うことのできない遺された人への想い」

 この曲の奥ゆかしさに気づいた。
数秒の旋律に、両者の想いが詰まっている。切なく脆い、儚く寂しいその全てがこの音に込められている。

「詩季」

「はい」

「この旋律にはふたりの命を吹き込もう」

 決意に満ちた先輩の瞳はいつも以上に輝いていて、感じたことのない頼もしさがあった。
この曲に全てを注ぎ込む覚悟を決め、トランペットを握る。