うつむいたまま、ふるふると首を横に振って否定した。
 俺は何もしてない。さっきだって、俺はうしろで黙っていることしかできなかった。かける言葉が何も思い浮かばなかった。
「青花の幸せのために、コールドスリープを選択したはずなのにな……」
 ぽつりと、突然ひとり言のようにつぶやく幸治さん。
 彼は大きな手で顔を覆って、そのまま疲れ果てたようにうつむく。
「想像していた中で、一番最悪のことが起きてしまった」
 かける言葉が見つからなくて、ただただ沈黙をともにする。
 顔を覆ったまま何も話せなくなる幸治さんの姿を見ているだけで、抱えていた思いがひしひしと伝わってきた。
 若いうちに妻を亡くし、大切な母親も亡くなり、病と闘っている娘が、永久に眠り続けるかもしれない。
 何度も絶望と立ち向かった幸治さんが、青花の幸せを心から願っていないはずがなかった。
 今、どれほどつらい気持ちでいるのか、想像するだけで胸が張り裂けそうになる。
「私は守倉先生の元に戻るけれど、青花の顔を見て安心するなら、立ち寄ってあげてくれ」
「はい、ありがとうございます……」
 俺は幸治さんに頭を下げて、うしろ姿を見送った。
 そして、ゆっくりと青花の病室へと向かう。もう面会時間は過ぎているけれど、少し顔を見たら帰ろう。
 そう思って、静かに青花の病室のドアを開けた。
「青花……」
 しかし、目の前に広がったのは、夜風に舞い上がっているカーテンと、空っぽのベッドだけだった。
 同室の患者は、全員コールドスリープの最中で、仕切りで閉ざされたまま。
 青花のベッドだけ、不自然に空っぽで、開いたいた窓からは春の生暖かい夜風が吹き込んでいる。
 前髪をふわりと煽られ、茫然自失となっていた俺は正気に戻る。
 走って窓際まで向かい、俺はすぐに顔を出して下を見た。
「いない……」
 最悪の事態が頭をよぎっていたけれど、ひとまずそれは回避できたことにほっと胸を撫で下ろす。
 しかし、コールドスリープ反対派の活動が今も行われているのが見えて、不安がよぎる。
「青花……っ」
 冷静になった俺は、外に非常階段があることに気づき、青花はここから一階へと下りたのだろうと推測した。
 ここは二階の病室で、地上に着くまでそう時間はかからなかっただろう。
「青花、どこに行ったんだよ……!」