正直、心臓マッサージなんか一度もしたことがないし、怖い。
 だけど、できることを全部してあげたい。
【一分間に百~百二十の速さでいきます。今から一緒にタイミングを取りましょう。準備は大丈夫ですか?】
 おばあさんの胸骨に両手を重ね、一定のリズムでマッサージをしていく。
 想像以上にハードで、息が切れてくる。でも、俺はとにかく必死だった。
「絶対大丈夫ですから! しっかり呼吸して、おばあさん……!」
 それからほどなくして、遠くから救急車のサイレンが聞こえてきた。
 俺は門を内側から開けて、おばあさんの元へ救急隊員を案内する。
 最悪なことが頭をよぎったけれど、俺は考えないようにした。
「鶴咲さーん、聞こえてますかー? 聞こえてたら返事してくださーい!」
「うっ……」
 救急隊員の必死の呼びかけに、おばあさんはかすかに応え、何度も名前を呼ばれながら担架で移動した。
 俺もおばあさんと一緒に車に乗り込む。
 そんな、こんなのあんまりだ。
春には青花に会えるって、楽しみにしていたのに。
「搬送先は守倉病院で決まりました」
 救急隊員のやりとりに、俺はある覚悟を決めた。
 ひとまず無事救急車に乗せることができてほっとしたけれど、俺にはやるべきことがほかにもある。
 俺は祈るみたいに固く手を握り締めた。

 それから十分後、救急車は守倉病院に到着した。
「急患一名です! 七十代女性、意識は不明です」
 ただちに治療が必要と判断されたおばあさんは、そのまま手術室へと担架で運ばれた。
 青花のおばあさんであることを告げると、すぐにお父さんにも連絡を取ってくれたようだ。
「ここで一旦お待ちください」
 看護師さんにそう告げられ、静かに頷く。
 しかし、俺は待合室にはとどまらず、おばあさんが手術室に入るのを見届けた直後、ある場所へと走りだす。
 ――それは、青花が眠っている病室だった。
 受付も通らず、突然病室のドアを勢いよく開けた俺を見て、ちょうど中にいた看護師と医師は困惑していた。
 タイミングよく、青花の担当医である守倉先生が中にいた。
 けれど、俺は先生には見向きもせず、一目散に青花の元へ向かう。
「君、鶴咲さんのお友達の……?」
 守倉先生が落ち着いた声で話しかけてきたものの、俺は完全に正気ではなかった。
 握り締めた拳を、青花を守っているガラスに勢いよく振りかざす。