『氷室?俺だけど』
「橘か……今度はなんだ」

午前診療が終わった後、俺はスマホに不在着信が入ってることに気づいた。
相手は、高校時代にクラスメイトだった、橘克也。
当時は、そこまで親しくなかったが、ある時を境に、頻繁に連絡をしてくるようになった。
現在、橘は新卒でテレビ局に入り、現在はバラエティーのプロデューサーとして勤務している。
医療に関わるバラエティー番組を彼が企画をするとき、ほとんど毎回、解説役として俺にテレビ出演の依頼してくる。
断りたいと、何度思ったか。
だがそれを分かっているこの男は、俺が決して断れない方法を使い、俺を引っ張り出す。
俺はただ、静かに暮らしたいだけなのに。

『あからさまに嫌そうな声出すなよー。傷つくだろぉ?』
「悪いが、テレビは断る」
『そう言うなよ。お前が出ないと、視聴率下がっちまう』
「俺には関係ないだろう」
『なあ、頼むよぉ、俺とお前の仲だろぉ?』

何が仲だ。
半ば脅しのように引っ張り出したのは……誰だ。
俺の過去を使って。

「……切るぞ」
『待て待て。要件まだ言ってねえぇ』
「……早く言え」
『実はよぉ、俺のダチでイベント会社経営してる奴がいんのよ。そいつが今朝から具合悪りぃみたいでよ。お前、様子見てやってくれねえか。自分で病院にも行けねえほど、辛いらしいんだ』
「……救急車を呼べば良いだろう」
『お前が1番、それが無駄だって分かってるだろ?』
「……誰か、付き添いできる人間はいないのか」
『みーんな知り合いは出払っちまったってさ』
「…………お前は」
『バカお前、俺はずっと局に缶詰だ。わかってんだろ。暇じゃねえんだ』
「……場所はどこだ」
『お、やっぱりお前は話が分かるな。助かる』

そう言った橘は、目的地の住所だけを言うと、スパッと電話を切ってしまった。
その場所は、六本木のタワーマンション。
正直、嫌な予感はした。
だが、ここで俺が行かないという選択をして、万が一の事があれば、悔やむことになる。
結果的に見れば、俺は橘に騙されて、婚活の会場にと足を運んだ形になってしまったが、今回だけは橘に感謝をした。
もし彼に騙されなければ、俺は優花という、失いたくないと初めて想った女性と、出会うことはなかっただろうから。