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 鎌倉の店の閉店時間は早い。
『アルカナ』も十七時閉店だった。
 終わりが早いのは、助かる。
 けれど……。
 いつもなら、真っ先に帰宅する美聖は、今日に限っては、帰るに帰れなかった。

(絶対に、問い詰めなくちゃ……)

 このもやもや感を引きずったまま、帰途につくことなどできるはずがない。
 店の営業が終了するのを待って、美聖は厨房で作業をしていたトウコを捕まえて、腹にたまっていることを、おもいっきりぶちまけた。

「トウコさん!? どうして、あんなふうに断ったのですか!? 教えてください!!」
「…………えっ、何が?」
「何がって……」

 そんなに、遠い目をしないでもらいたかった。
 つい数時間前のことである。

「……昼間の最上さん、まるで、追い出したような感じでしたよ」
「ああ、そのことね」

 まるで、今思い出したのかように、トウコが微笑んだので、美聖は更に顰めっ面になった。

「幸い、最上さんがお客さんと出くわすことなく帰って行ったので、騒ぎにはなりませんでしたけど、あの対応はまずかったような気がします」
「そうかしら……」
「普通のお客さんだったら、絶対にトウコさんは、あんな帰し方はしませんよ」
「…………確かに、そうかもしれないわね」
「そりゃあ、結果は良くなかったですけど。わざわざ北鎌倉まで来てくれたのに、あれじゃあ、ちょっと最上さん、可哀相じゃないですか?」
「あれ? 美聖ちゃんって、最上初が好みのタイプだったの。もっと違うタイプが好きだと思ってたわ」
「そういう問題じゃありませんよ!」

 そりゃあ、少しはイケメンだと思った。
 ……けれど、美聖が訴えたいのは、そういうことではないのだ。

「私に、何を秘密にしているのですか? 全部とは言いませんが、少しは教えてくれても良いのではないですか? トウコさん!」
「はいはい、美聖ちゃん。分かった。分かったわよ。理由……話すから」

 鼻息荒く、美聖がトウコに近づくと、大きな図体を引きずるようにして、彼は後退した。
 ややしてから、頬を撫でつつ、野太い声で上品に答える。

「最上初の依頼を私が勝手に断ったのは、美聖ちゃんが、骸骨の指輪を見ていたから……よ」
「えっ?」 

 一瞬、何のことか美聖には分からないほど、それは、ささやかな感情の揺れだった。

「……なぜ? 別にあれは、深い意味なんてなかったですよ。ちょっと気になっただけで」 
「私は深い意味を感じたわ」
「確かに、ファッションで骸骨をつけているのって、余り良い意味ではない気もしますけど……。でも」
「別に、それに関しては良いのだけどねえ……」
「…………はっ?」
「髑髏だけなら、悪くないのよ。ほら、タロットカードの十三番目のカードは死神でしょう? 骸骨の頭部分が髑髏だもの。私たちにも馴染深いカードだわ。死神は大アルカナの丁度、中間点。意味は単純に『死』ではない。折り返し地点よ。再生するための『死』という意味。最悪ではないわ」
「私…………そこまで、深読みできませんけど?」

 確かに、タロットカードで『死神』を出したからといって、イコール『死』にはならない。

(じゃあ、何?)

 髑髏の指輪が何だというのだろう。
 益々意味が分からないではないか?

「えーっと、つまり、引き受けなかったのは、髑髏柄のせいではないということですか?」
「まあ……そういうことになるわね」
「でも、画家は降沢さんで、トウコさんが仕事の依頼を受けるか受けないか判断するというのは……」
「それも、私たちの仕事の一つなのよね」

 さらっと告げられた言葉の破壊力に、美聖は慄いた。
 特に『私たち』という単語には、耳を疑いたくなるほど、謎が深い。

「どういう意味ですか?」
「降沢の仕事を引き受けるか否かは、一応、私と美聖ちゃんの判断も必要なのよ」
「私もですか……?」

 美聖が問うと、トウコもこくりとうなずく。
 それは、雇用契約の条件になかった業務だ。

「…………それで、髑髏がどうして?」

 頭の上に無数のハテナマークをつけながら、美聖が呆けていると、横からひょいと背の高い男が顔を出した。

「二人で、髑髏の話題ですか?」
「降沢さん!?」
「髑髏といえば、南米などでは再生の御守りですよね。日本でも、呪術などをする際に、しゃれこうべを用いる場合があるそうですよ。しゃれこうべを『宇宙』に見立てるんだとか聞いたことがありますね」
「……はあ」

 固まっているトウコと、美聖を見比べて、降沢はようやく目を丸くした。

「あれ? 僕なんか間違えましたか?」
「在季は、どうして普通に登場することが出来ないのかしらね?」

 定位置と言わんばかりに、降沢が美聖の横に立っていた。
 営業が終わって、てっきり自室に戻ったのだと思っていたのだが……。
 いつも、気配なく近くにいるので、美聖の心臓に悪い。