自分でも、役不足は認識している。
 占い道具と、参考本で鞄をぱんぱんにして、出勤はしているものの、装いは事務職をしていた頃と変わらないオフィスカジュアルだ。
 お気に入りの花柄のスカートと、紺色のカットソー。
 無難ではあったが、占い師としての奇抜さは足りず、おまけに、お店のエプロンをしているので、どう見たところで、占い師のイメージから程遠かった。

「やっぱり、私より、トウコさんの方が適任なんじゃないでしょうか?」
「何を言っているのよ。メインは美聖ちゃんなんだから……」
「どうしても?」
「降沢在季のご指名でしょう?」
「……分かりました」 

 それが仕事なのだから、美聖は堂々と胸を張らなければならないのだ。
 美聖は円卓の下から、道具の入った袋を取り出し、中から愛用しているタロットカードを取り出した。

 七十八枚のライダーウェイト版タロット。

 二十世紀初頭アーサー・エドワード・ウェイトが製作したタロットカードの通称である。

 タロットカードを使う占い師にとって、王道といっても過言ではないカードは、市販の教本も多く出回っている。
 美聖の占いは、自己流だ。
 占い学校に行ってコネを作るか、師匠に弟子入りして場所を提供してもらわないと、対面鑑定の仕事に就くのは大変だと言われることもあるので、自分の感覚一つで仕事にすることが出来た美聖は、本当に運が良いのだろう。
 しかも、……若者に大人気のバンドの花形ボーカルを鑑定することが出来るなんて、よく考えたら、とてつもなく奇跡的なことなのではないか。

(ともかく……せっかくのチャンスだもの。頑張ろう……)

 美聖は緊張しつつも、円卓の方に最上を誘導した。
 他に客もいないので、カーテンは引かずに、美聖の向かい側の席を勧める。

「こちらにどうぞ……」
「はいはい」

 最上は降沢に一瞥をくれつつ、大人しく椅子に収まった。

「何を占えば良いんでしょうか?」
「当然、今後の仕事について……だろう」
「……分かりました」

 美聖は、タロットカードを円卓の上でシャッフルした。
 展開スプ方法レッドは、ケルト十字法。
 これも、どの入門書にも書いてある初歩的な占い方だ。
 机の上に十一枚のカードを置く。
    

 十字架を円で取り囲むような展開方法は、ケルト人が信仰していた円と、キリスト教を表す十字架を融合させたような形だ。
 小アルカナカードの逆位置ばかりが目立ち、最終結果が『愚者』という大アルカナカードの逆位置だった。
 愚者のカードは、若い男性が陽気に笑いながら、崖に向かって歩いて行く構図を描いた絵札だ。
 正位置は『冒険』や『挑戦』を意味しているが、逆位置は確か……。
『抜け殻』『無謀』『誤った道』『無謀』。

 ――つまり、今後の仕事は、上手くいかない。

 しかし、それでは、ただの直訳だ。

(……ううん)

 そうじゃない。違うのだ。
 根本的な流れが見えない。
 一枚のカードの意味をリーディングするのではない。全体で見るものだということを、美聖は知っていた。

 ――カードが、ぼやけている。

 それは、独特の表現だと、トウコに言われたことがあるが、美聖にはたまにあることだった。

(多分、この人はそんなことを知りたい訳ではないんだろうな)

 だから、答えが曖昧になる。
 占術の中で、もっとも人の気持ちを知るのに適していると言われているのがタロットカードだ。
 鑑定者の意識は、嫌と言うほど伝わってくるものだたった。

「……で、どういう意味?」

 最上がカードではなく、美聖を凝視している。
 目が合った。
    さすが芸能人だ。睫が長い。小さな整った顔をしている。
 しかし、疲れて、やつれているようにも感じた。

(……て、私、何やっているのかしら?)

 見惚れて、どうするのだ。

「ああ、すいません。実は……」

 美聖は当たり障りなく、結果を伝えようとした……が、ふと最上が頬杖をついている左手の骸骨スカルの指輪が気になった。

 初めて会った時から、目にはつく程、大きな銀製シルバーの指輪であったが、なぜか今、とてつもなく気になった。

 黒いもやと、光……『ユリの絵』に美聖が見たものと、同じような影が立ち上っているような気がする。
 余り触れてはいけない物のような気がした。

(まあ、骸骨だし……ね)

 イメージの問題もあるだろう。
 それでも、気になっていると、痺れを切らした最上が声を荒げた。

「なに? 悪い結果が出て、言えないとでも?」
「…………そういうわけでは」
「美聖ちゃん」

 ふわっと、トウコが美聖の肩に手を乗せた。

「もういいわ」
「トウコさん?」
「絵のモデルの件は、お断りさせて頂きます」
「…………なっ?」

 降沢は一言も発していない。

 ――なのに、トウコの言葉は、きっぱりとしていて、誰も口を挟む隙を与えなかったのだ。