「降沢が絵を描くと幸せになるんだろ? だから、俺は、わざわざ鎌倉くんだりまでやって来たんだ。何処にいるんだ? 画家センセイは?」
「最上さん。……あの」
(ここまで来ると、降沢さんが出てこないと、収まらないんじゃ……)
美聖は、トウコの袖を引っ張った。
トウコがそれを受けて、何ごとか口を開きかけた時……。
「煩い人ですね。会わせるも何も、僕は最初からここにいましたよ……。最上初さん」
言葉をさえぎるようにして、降沢が美聖の隣にやって来た。
腕を組んで直立している姿は、いつもの猫背で頼りなさそうな青年とは思えなかったが、しかし最上にとっては、降沢が思った以上に、若かったことと、くたびれた格好に驚愕したらしい。
目を丸くして、口をぽかんと開けていた。
「…………あんたが、降沢?」
「ええ。貴方がご所望の降沢 在季です」
「嘘だろ? てっきり、ここの学生バイトかなんかだと……」
一応、最上も降沢の存在自体には、気づいていたようだ。
美聖にも、最上の気持ちが嫌になるくらい、よく分かる。
画家らしくない……。
その一言につきた。
「学生……ですか? 僕、これでも三十は越えていますけどね?」
「えっ!? そうなんですか?」
(絶対、私より年下だと思っていたのに……)
どんな……アンチエイジングをしているのだ。
降沢は知らなかったのかと言わんばかりに、きょとんとしていた。
「あれ? 一ノ清さんは、二十代でしたっけ?」
「今年で、二十六歳です。トウコさんから聞いてなかったんですか?」
「まったく聞いてませんでしたが。へえ……。お若く見えますね……」
「誉められている気が……全然しません」
ショックは抜けないものの、それより何より、バイトを始めてから、この人と普通に会話が成立している現実が信じられなかった。
「ふーん。降沢 在季ね。なるほど。思ったより若いんだな。俺はてっきり、よぼよぼのジジイか、バアさんかって、思っていたからさ」
「一応、調べてもらえれば僕の年齢くらいは、出てきそうですけどね。とりあえず、期待に応えられずに、申し訳なかったと謝っておきましょうか。……ああ、それと一つ貴方に言っておきたい」
今日の降沢は饒舌で、一気にまくし立てた。
「貴方の言う、幸せになれる絵なんて、そんな絵が本当に存在しているのなら、僕が描いて欲しいくらいですけどね。常識的に考えて、そんなものが存在してるはずないじゃないですか? ロックミュージシャンたる貴方がどうしてそんな世迷言を信じたのですか?」
「おいおい、随分と挑戦的だな……。画家って、みんな、こういうキャラなのか。教えてよ。お姉さん?」
「さあ……。私にもよく分からないというか」
最上が降沢を睨みつけつつ、美聖に訊ねてくる。
そんなこと、美聖が知るはずがないではないか……。
(この人が何を考えてるのか、こっちが知りたいわよ……)
心と裏腹に、曖昧な微笑を浮かべていると、降沢が美聖に目を向けた。
「何ですか 。降沢さん?」
「あっそうだ! 僕、いいことを思いついたんですけど、最上さんは、僕に絵を描いて欲しいということでしたよね?」
「あんた、俺の話聞いていたのか?」
「……つまり、そういうことなのだから」
降沢は一人で総括すると、人差し指を美聖に向けた。
「だったら、彼女に占いをしてもらいましょう。その結果次第で、僕も考えるってことでどうですか?」
「…………はっ?」
よろけそうになった美聖の身体を、トウコが支えた。
どうして、ここで美聖の名前を出してくるのか……。
彼は明らかに降沢の「絵」が目的で、占いを求めて来たわけではないのだ。
興味のないものは徹底して信じない性格が、表情に滲み出ている。
「でも、先生……。最上さんは、私に鑑定して欲しいなんて一言も」
「急に先生扱いしないでくださいよ。一ノ清さん。第一、それで言うと、君も浩介も占い師の先生なわけで、ここにいる全員がみんな先生になってしまいます。先生と呼ぶのは、混乱するので、お互いにやめましょうよ」
「はあ……」
そんな先生のような口調で、諭すように言われても困る。
今、ここで話題を反らすこと自体、反則ではないのか……。
最上が肩を揺らして、皮肉いっぱいに笑っていた。
「なるほどねえ……。よく分からないけど、占いを試金石にしようって言うのか?」
「まあ、そういうことです」
「そういうことって……降沢さん、私にはよく分からないんですけど?」
「まあまあ、これも占い修行だと思って、引き受けてくれませんか? 僕もこの人の内心が知りたいところなんですよ」
温和な口調だが、その実、有無をも言わさない感じがひしひしと伝わってくる。
(嘘……でしょ?)
そもそも、降沢は占いを信用しているのだろうか?
それすら、よく分からないのに……。
美聖は、唐突に何の関係のない話の渦中に置かれた気がして、冷や汗をかいた。
「そこまで言うのなら、やって貰おうか。でも、あんた……全然占い師っぽくなくて、むしろ怪しいけど、占いなんて出来るの?」
「……一応、占い師ですからね」
美聖は唇を尖らせながら、答えた。
「最上さん。……あの」
(ここまで来ると、降沢さんが出てこないと、収まらないんじゃ……)
美聖は、トウコの袖を引っ張った。
トウコがそれを受けて、何ごとか口を開きかけた時……。
「煩い人ですね。会わせるも何も、僕は最初からここにいましたよ……。最上初さん」
言葉をさえぎるようにして、降沢が美聖の隣にやって来た。
腕を組んで直立している姿は、いつもの猫背で頼りなさそうな青年とは思えなかったが、しかし最上にとっては、降沢が思った以上に、若かったことと、くたびれた格好に驚愕したらしい。
目を丸くして、口をぽかんと開けていた。
「…………あんたが、降沢?」
「ええ。貴方がご所望の降沢 在季です」
「嘘だろ? てっきり、ここの学生バイトかなんかだと……」
一応、最上も降沢の存在自体には、気づいていたようだ。
美聖にも、最上の気持ちが嫌になるくらい、よく分かる。
画家らしくない……。
その一言につきた。
「学生……ですか? 僕、これでも三十は越えていますけどね?」
「えっ!? そうなんですか?」
(絶対、私より年下だと思っていたのに……)
どんな……アンチエイジングをしているのだ。
降沢は知らなかったのかと言わんばかりに、きょとんとしていた。
「あれ? 一ノ清さんは、二十代でしたっけ?」
「今年で、二十六歳です。トウコさんから聞いてなかったんですか?」
「まったく聞いてませんでしたが。へえ……。お若く見えますね……」
「誉められている気が……全然しません」
ショックは抜けないものの、それより何より、バイトを始めてから、この人と普通に会話が成立している現実が信じられなかった。
「ふーん。降沢 在季ね。なるほど。思ったより若いんだな。俺はてっきり、よぼよぼのジジイか、バアさんかって、思っていたからさ」
「一応、調べてもらえれば僕の年齢くらいは、出てきそうですけどね。とりあえず、期待に応えられずに、申し訳なかったと謝っておきましょうか。……ああ、それと一つ貴方に言っておきたい」
今日の降沢は饒舌で、一気にまくし立てた。
「貴方の言う、幸せになれる絵なんて、そんな絵が本当に存在しているのなら、僕が描いて欲しいくらいですけどね。常識的に考えて、そんなものが存在してるはずないじゃないですか? ロックミュージシャンたる貴方がどうしてそんな世迷言を信じたのですか?」
「おいおい、随分と挑戦的だな……。画家って、みんな、こういうキャラなのか。教えてよ。お姉さん?」
「さあ……。私にもよく分からないというか」
最上が降沢を睨みつけつつ、美聖に訊ねてくる。
そんなこと、美聖が知るはずがないではないか……。
(この人が何を考えてるのか、こっちが知りたいわよ……)
心と裏腹に、曖昧な微笑を浮かべていると、降沢が美聖に目を向けた。
「何ですか 。降沢さん?」
「あっそうだ! 僕、いいことを思いついたんですけど、最上さんは、僕に絵を描いて欲しいということでしたよね?」
「あんた、俺の話聞いていたのか?」
「……つまり、そういうことなのだから」
降沢は一人で総括すると、人差し指を美聖に向けた。
「だったら、彼女に占いをしてもらいましょう。その結果次第で、僕も考えるってことでどうですか?」
「…………はっ?」
よろけそうになった美聖の身体を、トウコが支えた。
どうして、ここで美聖の名前を出してくるのか……。
彼は明らかに降沢の「絵」が目的で、占いを求めて来たわけではないのだ。
興味のないものは徹底して信じない性格が、表情に滲み出ている。
「でも、先生……。最上さんは、私に鑑定して欲しいなんて一言も」
「急に先生扱いしないでくださいよ。一ノ清さん。第一、それで言うと、君も浩介も占い師の先生なわけで、ここにいる全員がみんな先生になってしまいます。先生と呼ぶのは、混乱するので、お互いにやめましょうよ」
「はあ……」
そんな先生のような口調で、諭すように言われても困る。
今、ここで話題を反らすこと自体、反則ではないのか……。
最上が肩を揺らして、皮肉いっぱいに笑っていた。
「なるほどねえ……。よく分からないけど、占いを試金石にしようって言うのか?」
「まあ、そういうことです」
「そういうことって……降沢さん、私にはよく分からないんですけど?」
「まあまあ、これも占い修行だと思って、引き受けてくれませんか? 僕もこの人の内心が知りたいところなんですよ」
温和な口調だが、その実、有無をも言わさない感じがひしひしと伝わってくる。
(嘘……でしょ?)
そもそも、降沢は占いを信用しているのだろうか?
それすら、よく分からないのに……。
美聖は、唐突に何の関係のない話の渦中に置かれた気がして、冷や汗をかいた。
「そこまで言うのなら、やって貰おうか。でも、あんた……全然占い師っぽくなくて、むしろ怪しいけど、占いなんて出来るの?」
「……一応、占い師ですからね」
美聖は唇を尖らせながら、答えた。