「痛い……な」

 無理して履いて来た高いヒールのサンダルが足の疲労感を増長させている。

(こうなったら、とりあえず、洋菓子店の方に行ってみようか……)

 もしかしたら、降沢が先に行って待っているかもしれない。
 一瞬、ぎらぎらの太陽を仰ぎ見た美聖だったが、意を決して、人の流れの中に飛び込んだ。

 ――と、その時だった。

「一ノ清さん!」 

 大勢の人に半ば体当たりするようにして、降沢が走ってきた。

(なっ? ……走ってる!?)

 いつも、歩くことすら、怠そうなのに、彼に走ることなんて出来るのか……。
 しかし、夢ではない。
 証拠に美聖のもとまでやって来た降沢は息を切らし、汗を流していた。

「ごめんなさい! 一ノ清さん。僕のこと捜しちゃいましたよね?」
「勿論ですよ。一体何をしていたんですか? 道案内が終わって、振り向いたら、いらっしゃらないんですから。私、どうしようかって思ったんですよ」
「ああ、すいません。君は丁寧に道を教える人だから、もう少し時間かかるだろうって、勝手に思い込んでいました」
「あの……! それなら、一言くらい断ってくれても……」
「はいっ、一ノ清さん!」
「えっ?」

 降沢は突然、美聖の鼻先に、ピンク色のビニール袋を押し付けてきた。

「これは……?」

 それは、忘れもしない、先程の天然石の店のラッピング包装だった。

「…………もしかして、降沢さん、これを買いに行っていたんですか?」
「ええ。だいぶ遅くなりましたか、僕からの誕生日プレゼントです」 
「はっ!?」

 ――プレゼント?
 幻聴ではなかった。

(ちょっと何? 水晶一個で、お返しってこと? そんなつもりじゃなかったのに!)

 美聖はパニック状態だ。どうしていいか分からずに、フリーズしていると……。

「開けてみてくれませんか?」

 降沢に促されてしまった。
 申し訳なさと、照れ臭さが絶妙にミックスした気持ちで、美聖は包装を解いていく。
 四角い白い箱を、ゆっくりと開けてみると、そこには……。

「…………これ」

 鮮やかな緑色の石を中心で輝かせてるいネックレスが収まっていた。

(まさか……?)

 ――そのまさかの、エメラルドだった。

 何てことだろう。 美聖がうっかり、誕生石がエメラルドなんて話してしまったからだ。
 ぶるりと、身体が震える。
 その時にはもう、暑さなんて吹き飛んでしまっていた。

「どうして、こんな……。降沢さん、エメラルドって高いんですよ!」
「おおっ、凄いですね。一ノ清さんは、一目でその石のことが分かるんですか?」
「私の誕生石だから、買って下さったんですか?」
「……まあ、それもありますけど」

 降沢が狼狽している美聖の掌から流れるように、ペンダントを取った。
 石自体は小さいが、鮮やかな緑色は綺麗だった。銀色のチェーンとも色の相性が良い。

「あの店の店員さんが、エメラルドのことを色々教えてくれて。人との絆を深めてくれる石なんだとか……。自分も周囲も癒してくれる、優しい石だから、きっと効果がありますよって。君に打ってつけですよね」
「…………絆……ですか」 

 たった今、それについて、美聖は考えていたばかりだ。

(この人は、どうして……?)

 ある日、突然切れてしまうような絆を憂いていた美聖に、絆を結ぶ石を降沢は贈ってくれたわけだ。

「降沢さん、誕生日いつですか?」
「……さあ、いつでしょう。当ててみてください」

 絶対、わざととぼけている。

「せめて、これの半分、私、お金出しますから……」
「やめて下さいよ。格好悪い」

 言いつつ、降沢は美聖の首にネックレスをつけようとしていた。
 だが、不器用だと公言しているだけあって、降沢は笑えるくらい手間取っていた。
 早く洋菓子店に行かないと、美聖のアルバイトの開始時間に間に合うかどうかの騒ぎになりそうだ。

(うわー緊張するよ。降沢さん)

 それは、降沢に汗ばんだ首筋を触れられているせいなのか、道行く人の刺すような視線のせいなのか、もはや美聖にも分からなくなっていた。


 後に美聖は、エメラルドが浮気防止の意味を持つ石だということを知るのだが、それはまた別の話である。

【 了 】