◆◆◆
「何を買ったんですか?」
レジで会計が終わり、店から出た矢先に、降沢が問いかけて来た。
美聖は「はい、降沢さん」……と、プレゼント用に包んでもらった水晶を手渡した。
「これを、僕に?」
「ええ。今日の記念です。日ごろのご愛顧、ありがとうございます」
「愛顧って……また、面白い言葉遣いをしますね」
降沢は歩きながら、ビニールの袋から丁寧に水晶玉を取り出した。
「……水晶?」
降沢に、面白いくらい簡単に笑顔が戻っている。
こんなに無防備で大丈夫なのかと問いかけたくなるくらい、満面の笑みだ。
「うわーっ、有難うございます!」
「…………いや、その」
(本気で喜んでいるわ。この人……)
水晶丸珠の十二ミリ。値段にして、百円ちょっとの……たった一粒を、降沢は大切な宝物をもらったように、覗きこんでいる。
(水晶玉一つで、そんなに……。今まで、どんな人生だったのかしら? 降沢さん)
ここまで喜んでもらえるのなら、もう少し高いものを買えば良かった。
あまり値の張るものをしたら、有難迷惑なのではないかと、あえて避けたのだ。
「その……水晶のクリアな感じが降沢さんに通じるような気がして」
「へえ、君から僕はそんなふうに見えているのですね」
「ほら、水晶は魔除けにもなりますし、いわくつきの絵ばかり描いている降沢さんには、いいんじゃないでしょうか?」
「ああ、まさしく、その通りですね。良い魔除けになると思います。大切にしますね」
降沢は、背中に羽が生えたかのように、ふわふわと歩いていた。
小町通りの混み具合は、一層ひどくなっているのに、降沢はまったく気にしていない。
人に接触しても、にやにやしたままだ。
「大丈夫ですか? 降沢さん!?」
降沢を気遣いつつ、まともな歩行が困難な密集状態を、這うようにして前進していたら……。
「あのー、すいません」
美聖は突然、中学生の集団に呼び止められてしまった。
「お姉さん……教えてください。大仏には、ここからどう行ったらいいんですか?」
「えっ?」
――またか。
美聖は街に出ると、なぜか決まって道を聞かれるタイプなのだ。
「長谷大仏……。君たち、今から行くの?」
「はい。これから行こうと思うんだけど、ここから離れてるんでしょうか?」
「そうねえ……」
美聖は、炎天下の徒歩コースを除いたバスと江ノ電のルートを簡潔に教えてあげた。
「すいません、降沢さん。お待たせ……」
――ようやく、仕事をやり遂げた。
そんな得意げな表情で振り返ったところ、先程までそこにいたはずの降沢は忽然と消えてしまっていた。
「あれ? 降沢さん?」
きょろきょろ周囲を見渡したところで、降沢が沸いて出てくるわけでもない。
美聖は、いろんな人にぶつかって弾かれるだけだった。
(…………降沢さん、まさかの迷子?)
どっと疲労感を深めながら、美聖はすぐ横の店の前に引っ込んだ。
「まったく、もう……。あの人は」
何しろ、降沢の電話番号を美聖は知らないのだ。連絡の取りようがない。
(まあ、ここで動くのは得策じゃないわよね……)
捜しに行くにしても、体力を消耗するだけだ。
だったら、ここで大人しく降沢が来るのを待っていた方がいい。
蒸し風呂状態に長くいるせいか、頭がぼうっとして、余計なことばかりが頭に浮かんだ。
(…………こういうのを、チャンネルが切りかわっちゃった状態っていうのかしら?)
何かの偶然で繋がった縁も、ある日突然、スパッと切れてしまうことがある。
こんなふうに、いずれ、降沢との縁も切れる時が来るだろう。
その時、美聖は容子のような執着をせずに、彼への想いを断ち切ることが出来るのだろうか……。
(……なんて、私の場合、付き合っているわけでもないんだけどさ)
しょせん、美聖の片思いだ。
この気持ちを、一生、降沢に告白するつもりなんてない。
最近、嫉妬という感情について学習したばかりの彼が、親愛の情一つで、美聖の抱える事情を受け止めきれるはずはないのだ。
……………………だけど。
それを一番よく分かっているくせして、降沢の姿を目で捜してしまう美聖に、人のことをとやかく言う資格なんてあるのだろうか……。
美聖だって充分に、執着しているし、嫉妬深い。
もしも、本気で降沢を諦めるのなら『アルカナ』を辞めないと、絶対に無理だ。
(恋愛は……引き際と、諦め方が一番難しいんだろうな)
それが嫌だから、歳を重ねるごとに臆病になっていくのかもしれない。
そして、去っていった相手に依存してしまう。
トウコが話していた『復縁』のコツは、『自分の人生を豊かにすること』だそうだ。
そうして、自分自身でチャンネルを変えていけば、再び過去の人とつながるチャンスもあるだろう……と。
しかし、そんな労力をはらってまで、恋愛をしないといけないのは、疲れることではないか。
余程、バイタリティーのある人でないと、意中の相手と両想いになって、それを継続させていく努力なんて、出来やしないのだ。
その点、容子は方向性を変えれば、可能性はゼロではないかもしれない。
(私には、無理だわ……)
だって、とても疲れている。
よりにもよって、相手が降沢なんて、普通の人の倍以上の労力がかかること間違いなしではないか……。
「何を買ったんですか?」
レジで会計が終わり、店から出た矢先に、降沢が問いかけて来た。
美聖は「はい、降沢さん」……と、プレゼント用に包んでもらった水晶を手渡した。
「これを、僕に?」
「ええ。今日の記念です。日ごろのご愛顧、ありがとうございます」
「愛顧って……また、面白い言葉遣いをしますね」
降沢は歩きながら、ビニールの袋から丁寧に水晶玉を取り出した。
「……水晶?」
降沢に、面白いくらい簡単に笑顔が戻っている。
こんなに無防備で大丈夫なのかと問いかけたくなるくらい、満面の笑みだ。
「うわーっ、有難うございます!」
「…………いや、その」
(本気で喜んでいるわ。この人……)
水晶丸珠の十二ミリ。値段にして、百円ちょっとの……たった一粒を、降沢は大切な宝物をもらったように、覗きこんでいる。
(水晶玉一つで、そんなに……。今まで、どんな人生だったのかしら? 降沢さん)
ここまで喜んでもらえるのなら、もう少し高いものを買えば良かった。
あまり値の張るものをしたら、有難迷惑なのではないかと、あえて避けたのだ。
「その……水晶のクリアな感じが降沢さんに通じるような気がして」
「へえ、君から僕はそんなふうに見えているのですね」
「ほら、水晶は魔除けにもなりますし、いわくつきの絵ばかり描いている降沢さんには、いいんじゃないでしょうか?」
「ああ、まさしく、その通りですね。良い魔除けになると思います。大切にしますね」
降沢は、背中に羽が生えたかのように、ふわふわと歩いていた。
小町通りの混み具合は、一層ひどくなっているのに、降沢はまったく気にしていない。
人に接触しても、にやにやしたままだ。
「大丈夫ですか? 降沢さん!?」
降沢を気遣いつつ、まともな歩行が困難な密集状態を、這うようにして前進していたら……。
「あのー、すいません」
美聖は突然、中学生の集団に呼び止められてしまった。
「お姉さん……教えてください。大仏には、ここからどう行ったらいいんですか?」
「えっ?」
――またか。
美聖は街に出ると、なぜか決まって道を聞かれるタイプなのだ。
「長谷大仏……。君たち、今から行くの?」
「はい。これから行こうと思うんだけど、ここから離れてるんでしょうか?」
「そうねえ……」
美聖は、炎天下の徒歩コースを除いたバスと江ノ電のルートを簡潔に教えてあげた。
「すいません、降沢さん。お待たせ……」
――ようやく、仕事をやり遂げた。
そんな得意げな表情で振り返ったところ、先程までそこにいたはずの降沢は忽然と消えてしまっていた。
「あれ? 降沢さん?」
きょろきょろ周囲を見渡したところで、降沢が沸いて出てくるわけでもない。
美聖は、いろんな人にぶつかって弾かれるだけだった。
(…………降沢さん、まさかの迷子?)
どっと疲労感を深めながら、美聖はすぐ横の店の前に引っ込んだ。
「まったく、もう……。あの人は」
何しろ、降沢の電話番号を美聖は知らないのだ。連絡の取りようがない。
(まあ、ここで動くのは得策じゃないわよね……)
捜しに行くにしても、体力を消耗するだけだ。
だったら、ここで大人しく降沢が来るのを待っていた方がいい。
蒸し風呂状態に長くいるせいか、頭がぼうっとして、余計なことばかりが頭に浮かんだ。
(…………こういうのを、チャンネルが切りかわっちゃった状態っていうのかしら?)
何かの偶然で繋がった縁も、ある日突然、スパッと切れてしまうことがある。
こんなふうに、いずれ、降沢との縁も切れる時が来るだろう。
その時、美聖は容子のような執着をせずに、彼への想いを断ち切ることが出来るのだろうか……。
(……なんて、私の場合、付き合っているわけでもないんだけどさ)
しょせん、美聖の片思いだ。
この気持ちを、一生、降沢に告白するつもりなんてない。
最近、嫉妬という感情について学習したばかりの彼が、親愛の情一つで、美聖の抱える事情を受け止めきれるはずはないのだ。
……………………だけど。
それを一番よく分かっているくせして、降沢の姿を目で捜してしまう美聖に、人のことをとやかく言う資格なんてあるのだろうか……。
美聖だって充分に、執着しているし、嫉妬深い。
もしも、本気で降沢を諦めるのなら『アルカナ』を辞めないと、絶対に無理だ。
(恋愛は……引き際と、諦め方が一番難しいんだろうな)
それが嫌だから、歳を重ねるごとに臆病になっていくのかもしれない。
そして、去っていった相手に依存してしまう。
トウコが話していた『復縁』のコツは、『自分の人生を豊かにすること』だそうだ。
そうして、自分自身でチャンネルを変えていけば、再び過去の人とつながるチャンスもあるだろう……と。
しかし、そんな労力をはらってまで、恋愛をしないといけないのは、疲れることではないか。
余程、バイタリティーのある人でないと、意中の相手と両想いになって、それを継続させていく努力なんて、出来やしないのだ。
その点、容子は方向性を変えれば、可能性はゼロではないかもしれない。
(私には、無理だわ……)
だって、とても疲れている。
よりにもよって、相手が降沢なんて、普通の人の倍以上の労力がかかること間違いなしではないか……。