◆◆◆
「浩介の誕生日プレゼントなんて、買う価値もないと思うのですけどね」
トウコの誕生日プレゼントについて、相談に乗ってもらったその日から、降沢は、そればかりを主張している。
それなのに、自分も美聖について来ると言うのだから、やっぱりとんだ変わり者だ。
――『アルカナ』の定休日。
美聖は、鎌倉の小町通りを訪れていた。
トウコは、小町通りに新しくオープンした洋菓子店を気にしているというのは、降沢からの情報だ。彼にその洋菓子店の名前と場所を聞いたら、運動不足なので、自分も付き合うと言って何だかついて来ることになった。
(これって…………デート?)
だが、今日の美聖は、午後からコンビニのアルバイトが入っているので、たった数時間しか鎌倉にいることが出来ない。
降沢には、事前にそれを知らせているのだが、そのわずかな時間に同行したいというのは、本気で散歩のつもりなのかもしれない。
少なくとも、デートの格好ではなかった。
今日も変わらず、白シャツに、ジーンズ。使い古したビーチサンダルと、やる気のなさそうな装いの降沢だ。
ほんの少しの時間とはいえ、先日買ったばかりの花柄のカットソーを意気揚々と着てきてしまった美聖とは、かなりの温度差がありそうだった。
「降沢さんから聞いた情報をもとに、ネットで調べてみましたが、そのお店、小町通りの奥にあるみたいなんですよ。結構歩くみたいですけど、大丈夫なんですか?」
「ええ。歩くことは苦になりません。僕は、そのつもりで来たんですから」
「本当に?」
「一ノ清さん、僕はひきこもりですけど、人間恐怖症ではありませんよ」
そんなやりとりを、小町通りの大看板の下、二人ですることになったのは、通りの中の人ごみが半端ないことになっているからだ。
目的地に到着するまで、倍の時間はかかりそうな程、人で賑わっている。
あの人口密度状態だ。ここよりもっと暑いことは必至だろう。
「最近、来ていなかったのですが、凄いことになっていますね。メディアの力でしょうか?」
「……でしょうね。そうでないと、平日なのに、ここまで人はいないでしょう」
観光客と、修学旅行中の中高生がここぞとばかりに小町通りに集中しているようだった。
「若宮大路から、まわって行きましょうか? ちょっと遠回りになりますけど」
降沢が提案する。
鶴岡八幡宮の参道でもある若宮大路から、歩行者専用のお店が連なる小町通りは、細い路地を通じてつながっている。そちらのルートから移動した方が手っ取り早いのは、確かなのだが……。
「せっかく来たんですし、私の知らないお店もありそうなんで、行きはこちらから行きたいのですが、降沢さん、辛いですか?」
美聖の主張に、降沢はにっこり笑って返した。
「いいですよ。僕も小町通りに来たのは、高校生の時以来ですから……」
「えっ? ……それ……本当ですか」
逆に、本当だったら凄い。
しかも、降沢はこのうだるような暑さの中で、汗一つかいていないのだ。
(やっぱり、降沢さんって、人間じゃないんじゃ……)
割と真剣にそんなことを考えてしまった。
「さて、行きますか……」
独特のテンションで、降沢はゆらゆら歩きだした。
「あっ、待って下さい」
美聖は慌てて、降沢を追いかける。
隣に並ぶと、髪の隙間から降沢と目が合った。ここ最近で発見したことだが、意外に彼は感情を表に出してしまうタイプのようだ。今は、何だか嬉しそうだ。
「良かったです」
「何がですか?」
「君、あの女性の鑑定以来、ちょっと元気なかったみたいですから」
「…………お恥ずかしい限りです」
降沢にまで心配されていたら、世話がない。
「浩介も疲れたって言ってましたけど、あの人、難しいタイプだったんですか?」
「うーんと、それは」
あまり深く話すと、個人情報に抵触しそうなので、美聖は簡潔に答えることにした。
「浩介の誕生日プレゼントなんて、買う価値もないと思うのですけどね」
トウコの誕生日プレゼントについて、相談に乗ってもらったその日から、降沢は、そればかりを主張している。
それなのに、自分も美聖について来ると言うのだから、やっぱりとんだ変わり者だ。
――『アルカナ』の定休日。
美聖は、鎌倉の小町通りを訪れていた。
トウコは、小町通りに新しくオープンした洋菓子店を気にしているというのは、降沢からの情報だ。彼にその洋菓子店の名前と場所を聞いたら、運動不足なので、自分も付き合うと言って何だかついて来ることになった。
(これって…………デート?)
だが、今日の美聖は、午後からコンビニのアルバイトが入っているので、たった数時間しか鎌倉にいることが出来ない。
降沢には、事前にそれを知らせているのだが、そのわずかな時間に同行したいというのは、本気で散歩のつもりなのかもしれない。
少なくとも、デートの格好ではなかった。
今日も変わらず、白シャツに、ジーンズ。使い古したビーチサンダルと、やる気のなさそうな装いの降沢だ。
ほんの少しの時間とはいえ、先日買ったばかりの花柄のカットソーを意気揚々と着てきてしまった美聖とは、かなりの温度差がありそうだった。
「降沢さんから聞いた情報をもとに、ネットで調べてみましたが、そのお店、小町通りの奥にあるみたいなんですよ。結構歩くみたいですけど、大丈夫なんですか?」
「ええ。歩くことは苦になりません。僕は、そのつもりで来たんですから」
「本当に?」
「一ノ清さん、僕はひきこもりですけど、人間恐怖症ではありませんよ」
そんなやりとりを、小町通りの大看板の下、二人ですることになったのは、通りの中の人ごみが半端ないことになっているからだ。
目的地に到着するまで、倍の時間はかかりそうな程、人で賑わっている。
あの人口密度状態だ。ここよりもっと暑いことは必至だろう。
「最近、来ていなかったのですが、凄いことになっていますね。メディアの力でしょうか?」
「……でしょうね。そうでないと、平日なのに、ここまで人はいないでしょう」
観光客と、修学旅行中の中高生がここぞとばかりに小町通りに集中しているようだった。
「若宮大路から、まわって行きましょうか? ちょっと遠回りになりますけど」
降沢が提案する。
鶴岡八幡宮の参道でもある若宮大路から、歩行者専用のお店が連なる小町通りは、細い路地を通じてつながっている。そちらのルートから移動した方が手っ取り早いのは、確かなのだが……。
「せっかく来たんですし、私の知らないお店もありそうなんで、行きはこちらから行きたいのですが、降沢さん、辛いですか?」
美聖の主張に、降沢はにっこり笑って返した。
「いいですよ。僕も小町通りに来たのは、高校生の時以来ですから……」
「えっ? ……それ……本当ですか」
逆に、本当だったら凄い。
しかも、降沢はこのうだるような暑さの中で、汗一つかいていないのだ。
(やっぱり、降沢さんって、人間じゃないんじゃ……)
割と真剣にそんなことを考えてしまった。
「さて、行きますか……」
独特のテンションで、降沢はゆらゆら歩きだした。
「あっ、待って下さい」
美聖は慌てて、降沢を追いかける。
隣に並ぶと、髪の隙間から降沢と目が合った。ここ最近で発見したことだが、意外に彼は感情を表に出してしまうタイプのようだ。今は、何だか嬉しそうだ。
「良かったです」
「何がですか?」
「君、あの女性の鑑定以来、ちょっと元気なかったみたいですから」
「…………お恥ずかしい限りです」
降沢にまで心配されていたら、世話がない。
「浩介も疲れたって言ってましたけど、あの人、難しいタイプだったんですか?」
「うーんと、それは」
あまり深く話すと、個人情報に抵触しそうなので、美聖は簡潔に答えることにした。