「分かりました……。その別れた彼が何をしているのか、視てみます」
ちょっとした言葉選びで、怒鳴りだしそうなお客様だ。
美聖は、なるべく、丁寧に占おうと躍起になったものの……。
――導き出された鑑定結果は、散々たるものだった。
(お相手の男性、未練の一つもないんだけど?)
元恋人の男性には、すでに付き合っている女性がいるようだった。
彼女に対しての恋愛感情など、欠片もない。
(…………恋敵……か)
小アルカナのカードで、棒の5と、9の逆位置。
彼というより、容子の方が未練たっぷりだった。
気持ちのところに、やる気満々の戦車や剣の騎士のカードが出ている。別れた男性に執着しているのは、彼女の方なのだ。
「どうなの?」
容子は、脅すように、円卓の端に両肘をつけて、身を乗りだした。
「…………彼は彼の人生、容子さんには、容子さんの人生が始まっているようですね」
「どういう意味よ?」
「過去に未練はあったかもしれません。でも、今の彼の気持ちは平穏を取り戻しています」
「嘘?」
「容子さんは、素敵な女性だから、きっと他に男性がいるのだろうと、諦めていますよ」
「…………まあ、私は他の男にも言い寄られているけどさ」
(あっ、これなら、いけるかな……?)
美聖は彼女をおもいっきり持ち上げて、話題を反らす作戦に転じた。
いくら占っても未来のない男性より、新たな男性にシフトしてくれた方が彼女の人生にとって遥かにプラスだ。
…………しかし……だ。
思った以上に、容子は手ごわかった。
「でも、あいつ絶対私のこと諦めてないんでしょう? あの男の念が飛んでくるから、私が他の男つ付き合うことができないのよ」
「……念?」
何だそれは……。むしろ、念を飛ばしているのは、容子側だろう。
「……で? 私はこいつに連絡取った方がいいの? どうしても私じゃないと駄目だって言うのなら、もう一度付き合ってあげてもいいと思うんだけど?」
「それは……その」
――悪いが、そんなチャンスはもうない。
いや、もしかしたら、容子に劇的な変化があって、別人のように変わればあるかもしれない。
けれど、凄まじいことに、容子は彼の気持ちが自分にあると、微塵も疑ってないのだから、その可能性も薄いのだろう。
「占い師なんだから、いつが最適だってことくらい、分かるでしょう? 何月の何日の何時くらいに電話をしたら、いいのか教えてよ」
「えっ?」
本気で、電話をするつもりなのか?
(今の流れで、どうして、そうなってしまうのかな?)
美聖は一言も、復縁可能だなんて言っていない。
この鑑定結果からして、彼に連絡を取った時点で、迷惑がられて関係が壊滅的に終わるだけだ。
でも、彼にそう言われたところで、高いプライドを持っている彼女は、信じやしないはずだ。
ストーカーではないけれど、限りなくそれに近い感じがする。
「電話して良い日は、改めてカードに聞いてみないと分かりませんね」
「だったら、早くして頂戴」
(ぎゃー……。このお客様、もう、私、どうしたらいいんだろう?)
――と、そこに。
「美聖ちゃん、お待たせ」
飄々と、カーテンをくぐって、トウコが現れた。
――その姿。
まるで、救世主のようだった。
彼の蛍光イェローのポロシャツに、すがりつきたいくらい、美聖はホッとしていた。
「代わるわ」
「あっ、はい。では……」
このまま変に引き留められないうちにと、そそくさと立ち上がった美聖に耳打ちする形で、トウコが囁いた。
「在季が、とっとと行けって言うからね」
ウィンクをして、美聖に軽く手を振る。
「貴方がトウコさん?」
あらかじめ、トウコが大柄の男性であることを聞いていたのだろう。
表情を緩めた容子は、手にしていた手提げ袋をトウコに渡した。
「知音がバースデープレゼントだって。七月が誕生日だったんでしょう。渡しておくわ」
「あら、嬉しい。ありがとうございます。知音ちゃんによろしく伝えて下さいね」
「ええ、伝えておくわ。それで、今、鑑定時間中だったけど、お金どうしたらいいの?」
「先程の分は、無料にします。あとは私が……」
「そう、ならいいけど……」
そして、二人が着座するのを待って、美聖はカーテンの外に出た。
(危なかった……。本当に身が縮む思いだったわ……)
しかし、ああいうお客様とも対等に渡り合っていかなければ、プロの占い師とは言えないのだ。
(本当に、自信なくすわ……)
降沢がちらちらとこちらを気にしていたので、美聖はぺこりと頭を下げた。
当初、なかなか近づきがたかった降沢だが、最近では、遠巻きに見守られているような気がして、会話の数も格段に増えていた。降沢は人見知りだと言っていたが、本当にそうだったようだ。今は、結構頼もしく感じている。美聖の窮地にトウコを寄越してくれたことは、素直に嬉しいことだ。
(でもね……)
美聖は、ずんと肩を落とした。
落ち込むことは、他にもあった。
(お中元とか、そういうレベルじゃなかったよね……)
トウコが七月誕生日であることを、聞きそびれていたことは、とんだ失態だった。
ちょっとした言葉選びで、怒鳴りだしそうなお客様だ。
美聖は、なるべく、丁寧に占おうと躍起になったものの……。
――導き出された鑑定結果は、散々たるものだった。
(お相手の男性、未練の一つもないんだけど?)
元恋人の男性には、すでに付き合っている女性がいるようだった。
彼女に対しての恋愛感情など、欠片もない。
(…………恋敵……か)
小アルカナのカードで、棒の5と、9の逆位置。
彼というより、容子の方が未練たっぷりだった。
気持ちのところに、やる気満々の戦車や剣の騎士のカードが出ている。別れた男性に執着しているのは、彼女の方なのだ。
「どうなの?」
容子は、脅すように、円卓の端に両肘をつけて、身を乗りだした。
「…………彼は彼の人生、容子さんには、容子さんの人生が始まっているようですね」
「どういう意味よ?」
「過去に未練はあったかもしれません。でも、今の彼の気持ちは平穏を取り戻しています」
「嘘?」
「容子さんは、素敵な女性だから、きっと他に男性がいるのだろうと、諦めていますよ」
「…………まあ、私は他の男にも言い寄られているけどさ」
(あっ、これなら、いけるかな……?)
美聖は彼女をおもいっきり持ち上げて、話題を反らす作戦に転じた。
いくら占っても未来のない男性より、新たな男性にシフトしてくれた方が彼女の人生にとって遥かにプラスだ。
…………しかし……だ。
思った以上に、容子は手ごわかった。
「でも、あいつ絶対私のこと諦めてないんでしょう? あの男の念が飛んでくるから、私が他の男つ付き合うことができないのよ」
「……念?」
何だそれは……。むしろ、念を飛ばしているのは、容子側だろう。
「……で? 私はこいつに連絡取った方がいいの? どうしても私じゃないと駄目だって言うのなら、もう一度付き合ってあげてもいいと思うんだけど?」
「それは……その」
――悪いが、そんなチャンスはもうない。
いや、もしかしたら、容子に劇的な変化があって、別人のように変わればあるかもしれない。
けれど、凄まじいことに、容子は彼の気持ちが自分にあると、微塵も疑ってないのだから、その可能性も薄いのだろう。
「占い師なんだから、いつが最適だってことくらい、分かるでしょう? 何月の何日の何時くらいに電話をしたら、いいのか教えてよ」
「えっ?」
本気で、電話をするつもりなのか?
(今の流れで、どうして、そうなってしまうのかな?)
美聖は一言も、復縁可能だなんて言っていない。
この鑑定結果からして、彼に連絡を取った時点で、迷惑がられて関係が壊滅的に終わるだけだ。
でも、彼にそう言われたところで、高いプライドを持っている彼女は、信じやしないはずだ。
ストーカーではないけれど、限りなくそれに近い感じがする。
「電話して良い日は、改めてカードに聞いてみないと分かりませんね」
「だったら、早くして頂戴」
(ぎゃー……。このお客様、もう、私、どうしたらいいんだろう?)
――と、そこに。
「美聖ちゃん、お待たせ」
飄々と、カーテンをくぐって、トウコが現れた。
――その姿。
まるで、救世主のようだった。
彼の蛍光イェローのポロシャツに、すがりつきたいくらい、美聖はホッとしていた。
「代わるわ」
「あっ、はい。では……」
このまま変に引き留められないうちにと、そそくさと立ち上がった美聖に耳打ちする形で、トウコが囁いた。
「在季が、とっとと行けって言うからね」
ウィンクをして、美聖に軽く手を振る。
「貴方がトウコさん?」
あらかじめ、トウコが大柄の男性であることを聞いていたのだろう。
表情を緩めた容子は、手にしていた手提げ袋をトウコに渡した。
「知音がバースデープレゼントだって。七月が誕生日だったんでしょう。渡しておくわ」
「あら、嬉しい。ありがとうございます。知音ちゃんによろしく伝えて下さいね」
「ええ、伝えておくわ。それで、今、鑑定時間中だったけど、お金どうしたらいいの?」
「先程の分は、無料にします。あとは私が……」
「そう、ならいいけど……」
そして、二人が着座するのを待って、美聖はカーテンの外に出た。
(危なかった……。本当に身が縮む思いだったわ……)
しかし、ああいうお客様とも対等に渡り合っていかなければ、プロの占い師とは言えないのだ。
(本当に、自信なくすわ……)
降沢がちらちらとこちらを気にしていたので、美聖はぺこりと頭を下げた。
当初、なかなか近づきがたかった降沢だが、最近では、遠巻きに見守られているような気がして、会話の数も格段に増えていた。降沢は人見知りだと言っていたが、本当にそうだったようだ。今は、結構頼もしく感じている。美聖の窮地にトウコを寄越してくれたことは、素直に嬉しいことだ。
(でもね……)
美聖は、ずんと肩を落とした。
落ち込むことは、他にもあった。
(お中元とか、そういうレベルじゃなかったよね……)
トウコが七月誕生日であることを、聞きそびれていたことは、とんだ失態だった。