「元々は、君のお客さんに、僕が無理言って借りてしまったんですから……。それに、君と同じく彼女のこと……見届けたいと言う気持ちはあるんですよね」 

 ――見届けたい……というのは、美聖と降沢とでは、意味が違うのではないか?

 過去の自分を振り返りたいという意味も込められているような気がした。

『あいつなりに、何か思うところがあるんじゃない』

 そんなことを、昨日話していたのは、トウコである。
 遠い昔の降沢のことなど、まったく想像がつかないが、降沢の絵として、この世に遺してもらえた従姉(じょせい)のことは、正直なところ、とても羨ましかった。

(もやもやした気持ちの出処なんて、知りたくもないのだけど……)

 降沢は注文していたアールグレイティーを一口含むと、窓の外の景色に目を向けた。
 美聖は、そんな降沢の横顔を見守りながら、アイスコーヒーに口をつけた。

「降沢さんが言っていたヒマワリの花言葉……。崇拝と憧れ以外に何があるんですか?」

 タロット占いをしている美聖にとって『ヒマワリ』の花は、タロットカード大アルカナの十九番目のカード『太陽』のイメージだった。
 美聖が使用しているウェイト・ライダー版タロットには、中心に描かれた太陽の下に、ヒマワリの花が咲き誇っている。
 ギリシア神話において『太陽を崇拝する花』として登場するヒマワリに、マイナスな意味合いはない。
 栄光や成功を示唆する力強いカードだ。
 もしも、何か意味があって、先生が響子にヒマワリの髪留めをプレゼントしたのなら、それは『明るい君にいつも癒されている』とか『貴方だけを見つめている』とか、そういったことを伝えたかったはずだ。

「……だったら、なぜ、美聖さんの占い結果で、先生の気持ちは曖昧だったんでしょうね」
「響子ちゃんの気持ちの方も正直、リーディングしにくかったんですけどね……」
「存外、彼女今日来たら、元気になっているかもしれませんよ」
「いくら何でも、それは……」
「やっぱり、恋とは違うんじゃないですか?」
「また、それですか?」

 降沢は、そこに拘っているようだ。

 …………そして。
 降沢の予想通り、時間よりだいぶ遅れてやってきた響子は、先日の号泣が嘘のように、溌剌としていた。

「美聖先生、遅れてしまって、すいません。…………それと、こないだは、ありがとうございました」

 息を切らしつつも、満面の笑みで、ぺこりと頭を下げた響子に、むしろ美聖の方が言葉を失った。
 本当に彼女は、先日の少女と同一人物なのかというくらい、印象がまるで違う。

「なんか、その元気になった……みたいだけど?」
「はい。別に元気になったってわけじゃないけれど、あの人のことを想うことをやめたんです。振り回されているばかりで、意味がないじゃないですか。時間の無駄ですよね」
「そう……」

 そんなことはない。
 恋している時間に、無駄はないだろう。
 だけど、ここであえて彼女に反論するつもりはなかった。
 元気になったのなら、それでいいではないか。

「そのバレッタ、画家先生に渡して良かったと思います。おかげで先生のこと、あまり考えずに済んだし、楽になったような気がするんです。その画家先生の言う通り、変化が起きたのかもしれません」
「僕、占い師じゃないんですけど、その人の持ち物を描きたいと思った時、その後の持ち主さんの人生が大いに変わることがあったりするんですよ」
「へえ……。そうなんですか。なるほど。今の画家さんの格好だったら、信じられるかもしれません。いつもスーツ姿でいいんじゃないですか?」
「君まで、そんなことを言うんですか……」
「だから、そう言っているじゃないですか」

 美聖が同意すると、降沢は一層肩身を狭くしてうつむいた。
 どっと笑いが起こる。
 それは、先日の響子からは考えられない程、劇的な進歩だった。

「じゃあ響子ちゃん。一応、バレッタ返しておくけど……。先生のこと、本当にもういいの?」
「ええ、もういいんです。だって、私、三日前に、近くの男子校の男の子から、告られたんで」
「えっ……えっ?」
「付き合おうかと思って……」
「はっ?」

 運ばれてきたクリームメロンソーダ―を、ストローで混ぜながら響子が笑った。
 若干、顔が赤く見えたのは、照れているからだ。
 本気の証だろう。
 美聖は彼女の激しい感情の流れについていけない。
 第一、先日した占いでは、彼氏が出来るなんて、微塵も出ていなかった。
 彼女の気持ちが、完全に先生にあったからだ。