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 結局、降沢は部屋の奥にあるアトリエには入れてくれなかった。
 一人だけアトリエに行ってから、スケッチブックと鉛筆を持ってきて、廊下に座ると、そこで素描を始めてしまったのだ。
 ぽかんと大口を開けて、傍らで見守っている美聖を気にするでもなく、口だけが動いた。

「僕が絵を描いているところを見たかったのでしょう?」
「……見たいと思っていましたけど」
「何ですか……。いきなりトランス状態にでもなって、白目を剥いて、描き始めるとでも思っていたのですか?」
「…………実は、思ってました。宇宙と繋がったり……とかなんとか」
「それは……ちょっと、自分でも嫌ですね……」

 しゃっしゃっと、軽快に鉛筆を動かす音が聞こえる。
 髪の隙間から、垣間見える目は真剣そのものだ。

「描いているところを人に、見られたくない人なのかな……とも思っていました」
「鶴の恩返しみたいな話ですね。誰も覗くなって……あれですか」

 降沢は、くすりと笑う。
 美聖に、気を許しているのだと察すると、急に緊張してしまった。
 この密閉された空間に、たった二人きりでいることを意識してしまうのだ。

(どうしよう……)

 最上の一件以来、今度、降沢が絵を描く機会があったら、絶対に度離れに行ってみようと考えていた美聖だ。
 降沢に告げた通り、好奇心の側面もあるし、彼が単純に心配だという思いもある。

(何にしても、降沢さんって、謎が多いから)

 占いという仕事をしていても、スピリチュアルな場面には、なかなか遭遇しない。
 どちらかというと、カウンセラーの側面が強い仕事だ。
 タロットはインスピレーション、統計学は根拠に基づいた運命の学問のようなもので、占い師=霊能者という括りでは、相容れない部分がある。美聖だって、自分のことも分からなければ、あの世のことなんて、さっぱり分からない。
 しかし、降沢と出会って、美聖はそういった世界が本当に存在するのだということを、痛感した。

 ――死後の世界があるのなら、会いたい人がいる。

 そして、降沢もまた……大事な人を亡くしたのだと知ると、もっと話してみたいと思う気持ちが強くなった。
 最初はあんなに毛嫌いしていたのに、不思議なものだ。

「どうしたんです?」
「わっ!」

 驚愕の余り、美聖は食材の入っているビニール袋を落としそうになって、慌ててキャッチした。

「せっかくのチャンスなのに、考え事ですか?」
「……チャンス?」

 ――何の?
 ごくりと息を飲んだら、何てことない。降沢がきょとんとした様子で返事をした。