(何だかな……)

 鑑定を始める前の美聖は、あんなに降沢の目を意識していたのに、鑑定となった途端、降沢の存在すら忘れてしまうなんて、プロ意識が高いのか、ただの鈍感なのか分かりはしない。

「ねえ、先生……。この人一体、何なんですか?」 

 響子の方は、美聖より早く気づいていたのだろう。
 あからさまに、不快な表情を浮かべている。
 それもそうだろう。
 前髪長めの白いシャツにゆったりパンツの、およそ店の雰囲気にそぐわない男性から声を掛けられたら、普通じゃなくとも、ひくはずだ。

「ごめんね。響子ちゃん。この人は店のオーナーなのよ。怪しい人じゃないんだけど、ちょっと……」

 響子の方に顔を寄せ、懸命に詫びている美聖の努力を素知らぬふりで、降沢はまじまじと、頭上から響子の髪留めに注目していた。
 模範的な格好の割に、派手めなバレッタをしていると思ってはいたが……。

「じろじろ見ないで下さい」

 そう言って、響子は、その余りの執拗ぶりに一瞬、両手でバレッタを隠したものの……。
 すぐに何か思うことがあったのだろう。
 バレッタを、ぱっと取ると、テーブルの上に置いた。
 長い髪がばさりと、彼女の頬を覆う。
 幾何学模様に見えたそれは、よく見ると、ヒマワリの花の形を模していたもののようだ。
 金色の花が三連で繋がっているバレッタは、気品があって可愛らしいが、しかし、どこか、少しお洒落な雑貨屋に行ったら、売ってそうな代物でもあった。
 もし、美聖がそのようなバレッタをしていたとしても、降沢は興味の一つも抱かないだろうに……。

(なぜ、急に?)

 その答えは、響子が簡潔に言葉で示してくれた。

「これ……。先生に貰ったんです」
「……えっ? 先生が響子ちゃんに?」
「はい。指定はないんですけど、うちの学校、校則で髪が肩より長い場合、束ねなくちゃいけなくて。朝寝坊して、髪の毛下ろしたままで登校してしまったら、これあげるって言われたんです……」
「……ふーん。なかなか、思わせぶりな人ですね。こんな髪留め、絶対に用意していないと渡せませんよ」
「私、よく髪の毛を結う時間がなくて、おろしたまま学校に来て、購買部でゴムとか、バレッタ買ったりしていたから。先生も、前もって、これをあげようって準備していたのかもしれないです」
「君から、プレゼントを渡したりはしなかったんですか?」
「…………誕生日プレゼントに、ネクタイをあげたことがあったけど」
「じゃあ、ただ……それのお返しかもしれませんね」
「降沢さんっ!」

 いくらなんでも『ただのお返し』はないだろう。
 こちらが気を揉むほど、空気が読めない発言をする人だ。
 でも、何も視えないという話の割に、鋭い観察眼をしている。
 このバレッタを渡した相手が先生であることに、最初から気づいていたのだろうか?

「ああ……。この模様は、ヒマワリの花ですか。今が盛りで、綺麗ですよね。先生もなかなかセンスがありますね」
「そうかな……」

 降沢が先生を持ち上げたことで、響子も少し警戒心を解いたらしい。
 ぽつりぽつりと語りだした。

「でも、このバレッタ、可愛いけれど、私には似合っていないような気がするんです。どうして、ヒマワリなのかって先生に聞いても、たまたま買ったからって、はぐらかすだけで……」
「……じゃあ……これ」

 降沢は響子に何の説明もなしに、ヒマワリのバレッタを手に取ると、にやりと笑った。

「このバレッタの花を、僕に描かせてくれません?」
「はっ?」

 響子よりも、美聖の方が仰天した。