「結構、良い雰囲気だったんだです。先生が言っていたように、告白しても大丈夫かなって思うくらい。それなのに、臨時の先生が終わったら、自分の腕をもっと磨くとか言って。……何それって?」
「腕を磨くって、何の?」
「ピアノの……」
「あっ、音楽の先生なんだ?」
こくりと、響子は首肯した。
「私、小さい頃からずっとピアノを習っていて……。先生の前で弾いたら、喜んでくれたんです。だから、放課後残って二人でレッスンしたりして……楽しかったのに」
放課後の音楽室で個人レッスンとは、甘酸っぱさ一杯だ。
これぞ青春……といった光景を脳裏に浮かべた美聖は、カードのシャッフルを始めた。
愛用のウェイト・ライダー版タロットを、テーブル一杯に展開する。
奥行きのないテーブルでカードを混ぜることに気を遣いながら、カードの山を三つに分けて、それを更に一つにまとめると、ヘキサグラムの方法で占うことにした。
ケルト十字法に引き続き、タロットの占術方法で王道とも言えるヘキサグラムは、主に恋愛を鑑定する時に、美聖は好んで使っていた。
七枚のカードを六芒星の星のように展開し、過去現在未来と、対策を導き出す方法だ。
「…………うーん」
美聖は、慣れた手つきで、展開したカードを捲って行く。
一枚、一枚の意味を線でつなぐように、辿っていくが、曖昧なカードが多くて、鑑定に手間取った。
(まいったな……)
混乱しているせいか、響子の心も不安定だ。
そもそも、先生に向けている感情が恋愛なのかどうかすら、怪しいくらいに……。
――特に最後の結果に『悪魔』の逆位置が出たことが、美聖を悩ませた。
悪魔の正位置が出たとしたら、肉欲。
セクハラ教師の烙印を押してやるところなのだが……。
(悪魔の逆位置の意味は、縁がなくなる? 不運が消える? 嫉妬? 羨望?)
カードを直訳すれば、そういう意味になるが、それでは意味不明だ。
(……やっぱり、カード全体に強く出ているのは、先生の気持ちの方かしら?)
美聖は言葉に気をつけながら、探るように響子に問いかけた。
「先生は、響子ちゃんが告白しようとしたら、先手を打つように『もう二度と会えない』って言ったんだよね?」
「………………はい」
響子は、しゃくりあげながら、小さく頷いた。
(……じゃあ、この悪魔は、先生側の気持ちで決定だな)
美聖は顎を擦りながら、カードの意味を深読みした。
「多分、先生もピアノを弾く人で、響子ちゃんの音楽に触発されたんじゃないかな。それで、腕を磨くとか言い出したんだろうけど」
「……そんなこと!」
声を荒げてから、響子は記憶にたどり着いたのだろう。
小声でばつが悪そうに呟いた。
「……言っていたような気もするけど。だからって、もう少し優しい言葉があったって良いじゃないですか。まるで、私が告白するのを遮るようにして、彼女いないって言っていたのに……。ひどい……」
――その気にさせるだけさせられて、一気に落とされた。
響子が訴えたいのは、そこなのだろう。
「でもね。響子ちゃん……。先生は響子ちゃんのこと、意識していたと思うんだ。だからこそ、響子ちゃんに告白させたくなかったんだよ。振りたくなかったんじゃないかな」
「振りたくなかった?」
「そこで、嘘を吐けない人なんだと思う」
「……それって、先生は私のこと好き……だから?」
「それは……」
美聖は、言葉に迷う。
――好き……といえば、好きなのだろう。
しかし、好きの領域は広い。
先生が響子に、一言で伝えきれない感情があるのは、カードから感じ取ることができる。
けれど、ポジティブな『好き』ではない。
カードを読む限り、この男性は、いろんな気持ちを複雑に抱いている。
元々、とても繊細な人なのではないか?
「でも……ね。響子ちゃんのことを、好きだったとしても、先生は決してその気持ちを言わないと思う」
「何で?」
「…………それは」
「先生だから、倫理的にってこと? でも、どうせ辞めるんだし、そんなこと関係ないですよね?」
「確かに、そうだけど、先生は真面目な人のようだし……ね」
単純だけど、残酷な質問だ。
好きな感情にも色々とあって『好き』という感情だけで、生きていけなくなるのが年を重ねることなのだ。
この先生は、特にその傾向が顕著な人のようだ。
そういう複雑な思考回路を持っている人に対して、彼女の世界は『好き』か『嫌い』かのいずれかだけで成り立っている。相性というより、根本的な性格の違いなのかもしれない。
「響子ちゃん……。あのね」
「おや? 可愛らしい……髪留めですね」
「あっ……?」
そこで、突然、降ってわいたように登場したのは、降沢だった。
鑑定に集中していた美聖は、横からひょっこり顔を覗かせている彼の存在に、まったく気づいていなかった。
「腕を磨くって、何の?」
「ピアノの……」
「あっ、音楽の先生なんだ?」
こくりと、響子は首肯した。
「私、小さい頃からずっとピアノを習っていて……。先生の前で弾いたら、喜んでくれたんです。だから、放課後残って二人でレッスンしたりして……楽しかったのに」
放課後の音楽室で個人レッスンとは、甘酸っぱさ一杯だ。
これぞ青春……といった光景を脳裏に浮かべた美聖は、カードのシャッフルを始めた。
愛用のウェイト・ライダー版タロットを、テーブル一杯に展開する。
奥行きのないテーブルでカードを混ぜることに気を遣いながら、カードの山を三つに分けて、それを更に一つにまとめると、ヘキサグラムの方法で占うことにした。
ケルト十字法に引き続き、タロットの占術方法で王道とも言えるヘキサグラムは、主に恋愛を鑑定する時に、美聖は好んで使っていた。
七枚のカードを六芒星の星のように展開し、過去現在未来と、対策を導き出す方法だ。
「…………うーん」
美聖は、慣れた手つきで、展開したカードを捲って行く。
一枚、一枚の意味を線でつなぐように、辿っていくが、曖昧なカードが多くて、鑑定に手間取った。
(まいったな……)
混乱しているせいか、響子の心も不安定だ。
そもそも、先生に向けている感情が恋愛なのかどうかすら、怪しいくらいに……。
――特に最後の結果に『悪魔』の逆位置が出たことが、美聖を悩ませた。
悪魔の正位置が出たとしたら、肉欲。
セクハラ教師の烙印を押してやるところなのだが……。
(悪魔の逆位置の意味は、縁がなくなる? 不運が消える? 嫉妬? 羨望?)
カードを直訳すれば、そういう意味になるが、それでは意味不明だ。
(……やっぱり、カード全体に強く出ているのは、先生の気持ちの方かしら?)
美聖は言葉に気をつけながら、探るように響子に問いかけた。
「先生は、響子ちゃんが告白しようとしたら、先手を打つように『もう二度と会えない』って言ったんだよね?」
「………………はい」
響子は、しゃくりあげながら、小さく頷いた。
(……じゃあ、この悪魔は、先生側の気持ちで決定だな)
美聖は顎を擦りながら、カードの意味を深読みした。
「多分、先生もピアノを弾く人で、響子ちゃんの音楽に触発されたんじゃないかな。それで、腕を磨くとか言い出したんだろうけど」
「……そんなこと!」
声を荒げてから、響子は記憶にたどり着いたのだろう。
小声でばつが悪そうに呟いた。
「……言っていたような気もするけど。だからって、もう少し優しい言葉があったって良いじゃないですか。まるで、私が告白するのを遮るようにして、彼女いないって言っていたのに……。ひどい……」
――その気にさせるだけさせられて、一気に落とされた。
響子が訴えたいのは、そこなのだろう。
「でもね。響子ちゃん……。先生は響子ちゃんのこと、意識していたと思うんだ。だからこそ、響子ちゃんに告白させたくなかったんだよ。振りたくなかったんじゃないかな」
「振りたくなかった?」
「そこで、嘘を吐けない人なんだと思う」
「……それって、先生は私のこと好き……だから?」
「それは……」
美聖は、言葉に迷う。
――好き……といえば、好きなのだろう。
しかし、好きの領域は広い。
先生が響子に、一言で伝えきれない感情があるのは、カードから感じ取ることができる。
けれど、ポジティブな『好き』ではない。
カードを読む限り、この男性は、いろんな気持ちを複雑に抱いている。
元々、とても繊細な人なのではないか?
「でも……ね。響子ちゃんのことを、好きだったとしても、先生は決してその気持ちを言わないと思う」
「何で?」
「…………それは」
「先生だから、倫理的にってこと? でも、どうせ辞めるんだし、そんなこと関係ないですよね?」
「確かに、そうだけど、先生は真面目な人のようだし……ね」
単純だけど、残酷な質問だ。
好きな感情にも色々とあって『好き』という感情だけで、生きていけなくなるのが年を重ねることなのだ。
この先生は、特にその傾向が顕著な人のようだ。
そういう複雑な思考回路を持っている人に対して、彼女の世界は『好き』か『嫌い』かのいずれかだけで成り立っている。相性というより、根本的な性格の違いなのかもしれない。
「響子ちゃん……。あのね」
「おや? 可愛らしい……髪留めですね」
「あっ……?」
そこで、突然、降ってわいたように登場したのは、降沢だった。
鑑定に集中していた美聖は、横からひょっこり顔を覗かせている彼の存在に、まったく気づいていなかった。