「えーっと……」

 リラックスどころか、かえって、興奮させてしまったらしい。
 本気でおろおろしている美聖を、隣の席で本を読んでいた降沢がにこにこしながら、見守っていた。

(相変わらず、むかつく……わ)

 人が狼狽している様を、面白がってないで、気の利いた言葉の一つでもかけてくれたら、良いものを……。

(……て、そりゃあ、無理か。降沢さんだもんね)

 降沢が気の利いた台詞を少女に提供できるはずがない。
 かえって、昂ぶらせてしまったら、元も子もないのだ。
 途方に暮れた美聖が、キッチンの方に視線を向けると、トウコが親指を立てていた。

 ――接客は、私に任せなさい……という合図だ。

 許可を頂いたのなら、お客様の期待に応えられるように、頑張るしかない。

「あっ、せっかくだから、占い……始めようか。占いできるところがあるんだけど、あちらに……」
「もう……。ここでいいから。早く占ってもらっていいですか? 先生」
「でも、占いスペースは、すぐそこ……たけど」
「うううっ」

 何とも……。
 返事をしている余裕もないらしい。

(もう……いいのかな)

 あまり人に聞かれたくないと訴えるお客さんが多いので、個室っぽい作りで占いスペースがあるのだが、彼女はどうでも良いようだった。幸い、今日はお店も空いているので、晒し者のようにはならないだろう。

「分かった。じゃあ、ここで占おうか……。ところで、Kさん、本当のお名前は、何ていうのかしら?」
「響子……」
「きょうこ……ちゃん?」
二宮(にのみや)……響子(きょうこ)。数字の二の宮に響く子で、二宮響子」

 名前だけで良かったのに、わざわざフルネームで名乗ってくれた。
 純粋な子のようだ。
 鼻をすすりながら、顔を上げた響子は典型的な和風美人だった。
 黒々とした眉と、目鼻立ちも整っている。
 普段は、凛としていて、同級生にとっては、クールで知的な女の子なのだろう。
 そんな彼女が今、目を真っ赤にして、美聖を上目遣いに見つめていた。

「美聖先生は、好きな人に告白した方が良いって言ったけど、言う暇もなかったです。だって、もう、お別れなんだって言うから……」
「……お別れ? 一体何があったの?」

 彼女を最後に占ったのは、三か月前以上前だったはずだ。
 タロットカードは、長期のことを鑑定することも出来るが、基本的に近未来型の占いである。
 相手の感情の機微を見ることは得意であっても、状況の変化までは詳しく読み取れないこともあるのだ。
 それに……。

(私が告白をした方が良いと言ったのは、その男性が彼女の好意に気づいてなさそうだったから……)

 確か……そんなカードを引いたはずだ。
 だからこそ、女性として見てもらうためにも、一度告白した方が良いとアドバイスしたのだ。
 もし告白出来ないのであれば、自分が女性であることをアピールする。
 恋愛には、駆け引きが必要だと(美聖自身には分からないことだが)、カードがそう告げていた。

「先生……。私が占ってもらっていた年上の人なんですが……。実は学校の先生なんです」
「……えっ。そう……なんだ?」
「響子ちゃんと先生は、何歳、年が離れててるの?」
「…………十歳」
「そっか」

 なるほど。
 それじゃあ、なかなか女性としては見てもらえないはずだ。
 美聖は真摯に頷きながら、エプロンを外して、鑑定席の下に常備している『タロットカード』を取り出した。
 彼女の手前の椅子に腰かけると、降沢との距離がより近づいたようで、よく分からない緊張感に襲われてしまう。

「先生は彼女はいないんだったよね?」
「いないって言ってたけど、もう分かんないです。だって嘘かもしれないでしょ?」
「占い結果としては、そんな器用な人とも思えなかったけど……」
「でも……二度と会えないって言われたんです。一学期でお別れだって。産休の間の臨時の先生だから、いずれ、お別れするのは仕方ないって思ってたけど、もう会えないって、酷いと思いません? 言い方ってありますよね?」
「そっか……。先生もどうして、そんなことを、響子ちゃんに言ったんだろうね。ある意味、大人の対応じゃないような気がするかな。……ちなみに、それを言われたのは、いつの話?」
「一週間前」
「……一週間……か。響子ちゃんも、苦しかったね」

 きっと、悩み抜いた末に、彼女は北鎌倉まで、学校帰りに一人でやって来たのだ。 
 こうして、直接会えたのは良かった。
 顔が見える分、占いに必要な情報も揃いやすい。
 響子も少し落ち着いてきたのだろう。
 少しだけ表情が明るくなったような気がした。