◆◆◆
その日、美聖は朝から張り切っていた。
『アルカナ』でアルバイトを始めて、今日が三か月目の節目の日だったからだ。
トウコが念のために設けていた試用期間も終了し、美聖は晴れて本採用となった。
色々あったものの『アルカナ』に愛着を抱きつつある美聖だ。
未だに占い師としての在り方に悩むこともあるが、目が不自由になりつつあるトウコの為にも、占いも接客も頑張りたいと思えるようになってきた。
いつか、この店を去る時が来るかもしれないが、とりあえず、今は今だ。
「あっ、トウコさん。今日のデザートメニューって何ですか?」
美聖は慣れた手つきで、店の前に出す看板に、今日限定のメニューを書いて貼りつける。
そんな日の午後。
今にも雨が降りだしそうな、じめじめした陽気の日だった。
その少女が来店したのは…………。
(この子、一体?)
一人で店にやって来たセーラー服の少女は、開口一番メニューも見ずに占いを所望してきた。しかも『美聖』をご指名で……である。
女子高生を鑑定することはあるものの、対面鑑定で、彼女のような娘を鑑定した記憶はない。
そういえば……と美聖の脳裏に、思い当たったのは、電話占いの常連女性だった。
(あの……イニシャルKしか名乗ってくれない、女性客かな?)
それとなく、探ってみたところ、案の定だった。
(まさか……女子高生だったとは)
声色からして、幼いとは思っていたが、実際会ってみたら、本当に子供だった。
着崩していないセーラー服のスカートは、きっちり膝丈で、革靴に黒ソックスだ。
唯一、緩く一つに束ねているバレッタだけは、金色で少し目立つものだったが、それでもワンポイントである。
いかにも真面目で、委員長タイプの少女。
(金銭感覚がしっかりしているな……て思っていたけど)
美聖が電話占いで待機していると、必ずといって良いほど、電話をかけてきてくれたKさん。
年上の男性との恋愛に悩みんでいた彼女は、きっかりと10分で鑑定を依頼するタイプだった。
時間で区切っているのは、それ以上鑑定すると、料金が跳ね上がるからだ。
最低限の金額で、求める物の答えを得ようとする傾向は、若年者と、いろんな鑑定士を試しているヘビーユーザーに多い。
(……だから、まあ、分かってはいたんだけど……)
『アルカナ』のバイト時間が増え、他にも、掛け持ちでコンビニバイトなどしている美聖は、待機していても、ひっきりなしに鑑定依頼の来ない電話占いの時間を、少しだけ減らしていた。
それでも、少ない待機時間を惜しんでくれるお客様もいて、彼女はその中の一人だった。
なかなか時間が合わないことを悲しまれてしまい、ついつい、対面鑑定をしていることを話してしまったのだが……。
(でも、まさか……本当に来るなんて)
そこまで、本気の恋をしているということなのだろうか?
美聖は紅茶をカップに注いで、人形のように硬くなっている少女のもとに運んだ。
「あっ、こちらは、サービスだから! 遥々、来店してくれて、ありがとう」
美聖は、営業スマイルを浮かべる。
少女が緊張していることは、話さずともびんびんと伝わってくる。
出来ることなら、鑑定に入る前に少しでもリラックスして欲しいと、温かいお茶を用意したのだった。
(……あとで、トウコさんに紅茶のお金払っておこう)
片思いの相手との間に何かあったのだろう。
おおよそのお客様は、良いことが起こった時には、占い師のところには来ない。八方ふさがりとなった時に、初めてやって来るものだ。
(鑑定に入ったら、ゆっくり……丁寧に、その辺りのことを聞きだす必要がありそうだな)
タロット占いに関しては、情報の多い方がスムーズに鑑定に入ることができる。
霊感を持っているわけでもないのだから、多少の事情を知っておいた方が、未来を鑑定しやすいのだ。
しかし、美聖が練っていた作戦は、最初から頓挫してしまった。
「うっ……うっ」
少女は美聖が運んできたアッサムティーの鮮やかな赤茶色を、じっと眺めていたものの…………やがて嗚咽と共に泣き始めてしまったのだ。
零れ落ちた涙が紅茶の中に沈んでいく。
他の客の突き刺す視線が一斉にこちらに向かっていて、美聖は背中が痛かった。
その日、美聖は朝から張り切っていた。
『アルカナ』でアルバイトを始めて、今日が三か月目の節目の日だったからだ。
トウコが念のために設けていた試用期間も終了し、美聖は晴れて本採用となった。
色々あったものの『アルカナ』に愛着を抱きつつある美聖だ。
未だに占い師としての在り方に悩むこともあるが、目が不自由になりつつあるトウコの為にも、占いも接客も頑張りたいと思えるようになってきた。
いつか、この店を去る時が来るかもしれないが、とりあえず、今は今だ。
「あっ、トウコさん。今日のデザートメニューって何ですか?」
美聖は慣れた手つきで、店の前に出す看板に、今日限定のメニューを書いて貼りつける。
そんな日の午後。
今にも雨が降りだしそうな、じめじめした陽気の日だった。
その少女が来店したのは…………。
(この子、一体?)
一人で店にやって来たセーラー服の少女は、開口一番メニューも見ずに占いを所望してきた。しかも『美聖』をご指名で……である。
女子高生を鑑定することはあるものの、対面鑑定で、彼女のような娘を鑑定した記憶はない。
そういえば……と美聖の脳裏に、思い当たったのは、電話占いの常連女性だった。
(あの……イニシャルKしか名乗ってくれない、女性客かな?)
それとなく、探ってみたところ、案の定だった。
(まさか……女子高生だったとは)
声色からして、幼いとは思っていたが、実際会ってみたら、本当に子供だった。
着崩していないセーラー服のスカートは、きっちり膝丈で、革靴に黒ソックスだ。
唯一、緩く一つに束ねているバレッタだけは、金色で少し目立つものだったが、それでもワンポイントである。
いかにも真面目で、委員長タイプの少女。
(金銭感覚がしっかりしているな……て思っていたけど)
美聖が電話占いで待機していると、必ずといって良いほど、電話をかけてきてくれたKさん。
年上の男性との恋愛に悩みんでいた彼女は、きっかりと10分で鑑定を依頼するタイプだった。
時間で区切っているのは、それ以上鑑定すると、料金が跳ね上がるからだ。
最低限の金額で、求める物の答えを得ようとする傾向は、若年者と、いろんな鑑定士を試しているヘビーユーザーに多い。
(……だから、まあ、分かってはいたんだけど……)
『アルカナ』のバイト時間が増え、他にも、掛け持ちでコンビニバイトなどしている美聖は、待機していても、ひっきりなしに鑑定依頼の来ない電話占いの時間を、少しだけ減らしていた。
それでも、少ない待機時間を惜しんでくれるお客様もいて、彼女はその中の一人だった。
なかなか時間が合わないことを悲しまれてしまい、ついつい、対面鑑定をしていることを話してしまったのだが……。
(でも、まさか……本当に来るなんて)
そこまで、本気の恋をしているということなのだろうか?
美聖は紅茶をカップに注いで、人形のように硬くなっている少女のもとに運んだ。
「あっ、こちらは、サービスだから! 遥々、来店してくれて、ありがとう」
美聖は、営業スマイルを浮かべる。
少女が緊張していることは、話さずともびんびんと伝わってくる。
出来ることなら、鑑定に入る前に少しでもリラックスして欲しいと、温かいお茶を用意したのだった。
(……あとで、トウコさんに紅茶のお金払っておこう)
片思いの相手との間に何かあったのだろう。
おおよそのお客様は、良いことが起こった時には、占い師のところには来ない。八方ふさがりとなった時に、初めてやって来るものだ。
(鑑定に入ったら、ゆっくり……丁寧に、その辺りのことを聞きだす必要がありそうだな)
タロット占いに関しては、情報の多い方がスムーズに鑑定に入ることができる。
霊感を持っているわけでもないのだから、多少の事情を知っておいた方が、未来を鑑定しやすいのだ。
しかし、美聖が練っていた作戦は、最初から頓挫してしまった。
「うっ……うっ」
少女は美聖が運んできたアッサムティーの鮮やかな赤茶色を、じっと眺めていたものの…………やがて嗚咽と共に泣き始めてしまったのだ。
零れ落ちた涙が紅茶の中に沈んでいく。
他の客の突き刺す視線が一斉にこちらに向かっていて、美聖は背中が痛かった。