◆◆◆

 控室の一間で、エプロンを脱いだ美聖は、本と占い道具で一杯の鞄を肩に掛けた。

「はあ……」

 誰もいないことを見計らって、軽く息を吐く。
 無料とはいえ、芽衣の鑑定については、色々と考えさせられた。

(ズバッと言い切ることが出来たら良いのに……)

 もどかしくて仕方なかった。
 占いをしていると、度々、こういう消化不良のようなことが起こるが……。
 本当にこればかりは、自分の限界が見えているようで辛い。
 相談者は、答えを求めているのに、それを、きちんと指し示すことができないなんて、占い師として、どうなのだろう。
 もちろん、大概はきっぱりと答えが出てくる場合が多い。
 今日のケースで言えば、最上とやり直した方が良いと、断言できたのなら良かったのに、それができなかった。
 最上が音楽をやめない限り、安定が見込めなからだ。
 それでも良いという力強い意志が、芽衣にあるのなら、背中を押すことも出来ただろうが、彼女はリアリストな面もあり、恋愛感情だけではなく、将来の安定も求めていた。

「降沢さんの従姉さんの知り合いだったのに……な」

 お客様を差別しているわけではないし、どんなお客様だって、鑑定後に笑顔になっていて欲しいと望んでいる。
 けれども、降沢の手前、彼女には晴れやかに、前向きな形で帰ってもらいたかった。

(なんか……こう、もやもやするな……)

 それは降沢のことに関しても言えた。 
 降沢(かれ)のことを考えると、むず痒くなる。
 どうにも、上手くいかない。
 それは、自分だけ蚊帳の外にいるような感覚があるからだろう。
 いまだに直視できない降沢の絵『慕情』。

(ユリの花は、女性を表しているんだっけ?)

 どうして気になってしまうのか……。
 沙夜子という女性が、どんな人だったのか……。
 どんな気持ちで、降沢が店にあの絵を飾っているのか………………なんて。
 美聖には、見当もつかない。
 だから、胸がちくちくと痛む。
 その甘い痛みの正体を、美聖は何度か経験してきたはずだ。 
 今の時分に、恋なんて、冗談じゃない。

(そんなことしている暇なんて、私にはないじゃないの……)

 しっかり地に足をついて立っていたいのに、美聖は今にも倒れそうな木だ。
 弱い風で、簡単に倒れてしまいそうで、嫌になる。

「美聖ちゃん……帰るの?」

 控室の外で、トウコが呼んでいた。

「はい、今日はコンビニバイトだし、直帰します」

 美聖が無理やりテンションを上げて答えると、トウコがノックと共に室内に入って来た。

「じゃあ、今日は私も早く帰りたいから、一緒に駅まで帰らない?」
「はい」

 当然、断る理由なんてなかった。
 駅までは、歩いて二十分ほどの距離だ。
 その後は、横浜在住のトウコは、上り電車を利用するので、美聖とは逆方面なのである。

「ほーんとうにね。ここのところ、偶然にしては、色々あって驚いているのよね。だから……その……美聖ちゃん、気にしないでね。別に、美聖ちゃんにだけ隠し事をしているとか、そういうことじゃないから。まあ……美聖ちゃんに、こんなこと言える義理じゃないってことは重々分かっているけど」
「トウコさんは、良い人ですね」

 分かっている。
 トウコは、わざと明るい口ぶりで、話をしていた。
 美聖がよほど落ち込んでいるように見えたのだろう。
 フォローしてくれているのだ。
 今日の私服も相変わらず派手な花柄シャツだが、空気を読む能力が一番長けているのは、やはりトウコのようだった。
 そういう、きめ細かい配慮が素直に嬉しい。