ハッとして、顔を上げる。

「あれ?」

 一瞬、自分が何処にいるのか分からないほど、眠りが深かったらしい。
 いつもの店の定位置に、何杯目かのアイスティーが運ばれていた。
 からんと、小さな音を立てて、氷が解ける。

「まったく……」

 ひやっとして、顔を上げると、美聖が腰に手を当てて降沢を睨みつけていた。

「居眠りしているなんて、なかなか良い身分ですよね。降沢さんも。もう閉店ですよ」
「…………ああ」

 そうか……。
 夢を見ていたのだ。
 どうも、最近、彼女に関する偶然ばかりが続く。
 本当に偶然なのだろうかと、疑いたくなるくらいだ。

(でも、もしすべて必然だったのなら……)

 ――――それは、それで面白いことだろう。

 降沢は肩の力を抜いて、薄く微笑んだ。

「…………懐かしい夢でした」
「えっ? 夢まで見てたんですか……」

 美聖がぎょっとして、目を剥いている。

「美聖ちゃん、気にしないで。こいつは、起こしても起きない時もあるくらいだから……」

 浩介の呆れた声がキッチンから飛んできた。

(…………平和だな) 

 夕方の決まった時間に聞こえる、カラスの声。
 連綿と続きそうな、日常の一コマ。
 過去、どこまでも堕ちていってしまいそうな瞬間が、降沢にはあったはずだ。
 それは、今、この瞬間だって、分からない。
 自分が境界線の真ん中に立っている自覚くらいはある。

 ―――だからこそなのだろうか……。

 この一瞬が、とてつもなく尊いものに感じてしまうのだ。
 美聖を包む夕陽が逆光して、眩しい。

(後光のような……て言ったら、大げさだろうな)

 最上の件で、占い師としての才覚ではなく、自身の微妙な霊感を利用されているだけだと、美(かの)聖(じょ)は知ったはずなのに、それでも何事もなかったかのように、降沢とトウコに接している。

 ――変わった人だ。

 お金のためといったら、そこまでだろうが、彼女であれば他にいくらでも高給な働き口があるだろうし、占い師として腕を磨きたいというのであれば『アルカナ』でなくても良いはずなのだ。

(あまり、占い師としても、熱心に働きたいというわけではなさそうだけど……)

 それほど、一ノ清美聖は普通で、占い師にしてはお人好しすぎるような気もする。
 降沢が今まで関わったことのない、女性だ。

(でも、いずれは……彼女だってここを通過して、どこかに行ってしまうんだろうけどな……)

 どうせ、降沢はここから動けやしない。
 彼女が遺した色彩の檻の中で、息絶えて死ぬまで…………。

 無意識に手を伸ばそうとしたら、美聖は、降沢にくるりと背を向けていた。

「一ノ清さん……」
「何ですか?」

 ムッとした表情でも振り返ってくれたということは、多少、自分に対して親しみを抱いてくれているということだろう。
 降沢は一気にアイスティーを飲み干すと、彼女にカップを掲げてみせた。

「もう一杯お代わりしたいので、残業していきません?」

 にっこり笑顔が嫌味に映ったらしい。
 当然、美聖には断固拒否されてしまった。