「トウコさん。私はあの時、本気で降沢さんと言い合いをしている感覚だったんですよ」
「…………でしょうねえ」
「えっ?」
客足が落ち着いた頃、腕をふるって、常連のおじいさんに紅茶を淹れていたトウコがさらっと認めた。
「トウコさんも、そう思うんですか?」
「だって、私にも在季は途中から本気に見えたもの?」
「でも、降沢さんは、すべて芝居だったんですよね?」
「大馬鹿なのよ。あいつは……いつも、言葉足らずなの」
「はあ?」
つまり、彼女たちの存在に気づいたのは本当で、口走っていたことも、本音だったってことなのか?
「ん?」
何だろう……。
(それって、やっぱり?)
美聖はぶるぶると頭を横に振った。
「いやいや……」
振り返ってみたが、あの時の二人は異様なテンションであったが、まさか降沢があんなふうに子供のような嫉妬心を口に出すはずがない。
(ばかばかしい。変な解釈入れるのは、やめとこう……)
これ以上、トウコに聞いたところで、はぐらかされるのも分かっている。
余計なことは考えないのが一番だ。
「さっ、美聖ちゃん。いつものおじいちゃんに、ダージリンティを持って行ってちょうだいね。美味しさたっぷり注入したから」
「了解です! あのおじい様、本当に良い方ですからね。このお店が大切にしないといけないお客様ですよね」
「あのー……」
――と、美聖がトウコから受け取ったところで、また気配なく降沢がキッチンに現れた。
「降沢さん?」
「……紅茶のお代わりもらっていいですか? 一ノ清さん」
「…………はっ?」
「僕、アールグレイのアイスティーがいいです」
「えっ、あっ……はい?」
一方的なオーダーを押し付けたと思ったら、降沢はさっさと席に戻ってしまった。
今日も寝癖だろう、後ろ髪がぴょこぴょこと跳ねていた。
(どうせ暇なんだから、自分でお茶くらい淹れたら良いものを……)
そこまで横着するのか……。
「くーーーっ。まったく、分かりやすいくせして、誤魔化そうとするのよ。中学生のガキかって感じだわ!」
珍しくトウコが、地団駄を踏んで、降沢に怒っていた。
「トウコさん?」
「もう、いいわ。在季の奴、一度手酷くフラれてみたらいいのよ。ざまあ見ろって嗤ってやるから! 美聖ちゃんも一緒に嗤ってやりましょうね!」
「ええ、本当に!」
降沢は何を考えているのか……。
(きっと、何も考えてないんだろうな……)
描きたいモチーフだけに、野生の感覚で反応するだけの三十路のおっさん。
(痛いわ……)
それなのに、彼のことを想うと胸がざわついてしまうのが、我ながら不本意だった。
(女の敵よ。あんな奴……)
――結局、常連のおじいさんは、トウコが対応することになって、美聖は降沢の紅茶を淹れる羽目になった。
『在季のオーダーなんて、適当でいいからね!』
そんなふうに、トウコに言われたが、相手が降沢だと思うほどに、手抜きはできない。
……といっても、あらかじめトウコが作って冷やしてあるアイスティーを容器からコップに注ぐだけなのだが……。
(アイスティーか……)
いつも温かい紅茶だったのに、降沢はいちはやくアイスに切り替えた。
それが、温かいお茶を淹れることにまだ慣れていない美聖に対する配慮だったなんて、複雑すぎて、自力で気づけるはずがない。
(夏だなあ……)
からんと、涼しげな氷の音が、コップの中で響く。
キッチンの小窓から見える風景は、青空と青葉のコントラストだ。
確実に、季節は巡っている。
美聖の心だけを置き去りにして、北鎌倉の占い喫茶に本格的な暑い夏が訪れようとしていた。
「…………でしょうねえ」
「えっ?」
客足が落ち着いた頃、腕をふるって、常連のおじいさんに紅茶を淹れていたトウコがさらっと認めた。
「トウコさんも、そう思うんですか?」
「だって、私にも在季は途中から本気に見えたもの?」
「でも、降沢さんは、すべて芝居だったんですよね?」
「大馬鹿なのよ。あいつは……いつも、言葉足らずなの」
「はあ?」
つまり、彼女たちの存在に気づいたのは本当で、口走っていたことも、本音だったってことなのか?
「ん?」
何だろう……。
(それって、やっぱり?)
美聖はぶるぶると頭を横に振った。
「いやいや……」
振り返ってみたが、あの時の二人は異様なテンションであったが、まさか降沢があんなふうに子供のような嫉妬心を口に出すはずがない。
(ばかばかしい。変な解釈入れるのは、やめとこう……)
これ以上、トウコに聞いたところで、はぐらかされるのも分かっている。
余計なことは考えないのが一番だ。
「さっ、美聖ちゃん。いつものおじいちゃんに、ダージリンティを持って行ってちょうだいね。美味しさたっぷり注入したから」
「了解です! あのおじい様、本当に良い方ですからね。このお店が大切にしないといけないお客様ですよね」
「あのー……」
――と、美聖がトウコから受け取ったところで、また気配なく降沢がキッチンに現れた。
「降沢さん?」
「……紅茶のお代わりもらっていいですか? 一ノ清さん」
「…………はっ?」
「僕、アールグレイのアイスティーがいいです」
「えっ、あっ……はい?」
一方的なオーダーを押し付けたと思ったら、降沢はさっさと席に戻ってしまった。
今日も寝癖だろう、後ろ髪がぴょこぴょこと跳ねていた。
(どうせ暇なんだから、自分でお茶くらい淹れたら良いものを……)
そこまで横着するのか……。
「くーーーっ。まったく、分かりやすいくせして、誤魔化そうとするのよ。中学生のガキかって感じだわ!」
珍しくトウコが、地団駄を踏んで、降沢に怒っていた。
「トウコさん?」
「もう、いいわ。在季の奴、一度手酷くフラれてみたらいいのよ。ざまあ見ろって嗤ってやるから! 美聖ちゃんも一緒に嗤ってやりましょうね!」
「ええ、本当に!」
降沢は何を考えているのか……。
(きっと、何も考えてないんだろうな……)
描きたいモチーフだけに、野生の感覚で反応するだけの三十路のおっさん。
(痛いわ……)
それなのに、彼のことを想うと胸がざわついてしまうのが、我ながら不本意だった。
(女の敵よ。あんな奴……)
――結局、常連のおじいさんは、トウコが対応することになって、美聖は降沢の紅茶を淹れる羽目になった。
『在季のオーダーなんて、適当でいいからね!』
そんなふうに、トウコに言われたが、相手が降沢だと思うほどに、手抜きはできない。
……といっても、あらかじめトウコが作って冷やしてあるアイスティーを容器からコップに注ぐだけなのだが……。
(アイスティーか……)
いつも温かい紅茶だったのに、降沢はいちはやくアイスに切り替えた。
それが、温かいお茶を淹れることにまだ慣れていない美聖に対する配慮だったなんて、複雑すぎて、自力で気づけるはずがない。
(夏だなあ……)
からんと、涼しげな氷の音が、コップの中で響く。
キッチンの小窓から見える風景は、青空と青葉のコントラストだ。
確実に、季節は巡っている。
美聖の心だけを置き去りにして、北鎌倉の占い喫茶に本格的な暑い夏が訪れようとしていた。