降沢は透明人間のようで、いつも、そこにいるようで、いない。
 気配を感じさせない。
 遠く離れたところから、他人事のように、物事を俯瞰している。
 決して、自分から人の輪には入らない。

(それじゃあ、生きてたって、つまらないじゃないの?)

「なるほど……。歳の差なんて、関係ないって?」

 降沢がめいいっぱいの皮肉を込めた半笑いをしていた。

「えっ?」

 嫌味を言ったつもりはなかったのに……。
 美聖は彼の斜に構えた態度に、狼狽えてしまう。

「それって、昨日の年配の人と、君だって、そういうことですよね? むしろ、君はあれほど年が離れている男が好みだということですか?」
「はあっ!? どうして、そうなるんです?」
「どうも、こうも……。ちょっと優しい言葉をもらっただけで、デレデレしていましたよね?」
「私は、デレデレなんてしていませんよ! どこをどうしたら、そう見えたんですか?」
「どこからどう見ても、そう見えましたが……?」

 美聖はわなわなと、手を震わせた。

(ムカつくー。ムカつくわよ。降沢在季!)

 美聖の純粋な敬意をそんな低劣な感情とすり替えてしまうなんて……。
 こんな人間に、素晴らしい絵なんて描けるはずがない。
 美聖の抱いている不可解な感情だって、きっと勘違いだ。

(目を覚ますのよ。私!)

「分かりましたよ! 貴方のような引きこもりニートに、前途洋々な女子高生を穢されてたまるものですか。彼女にはうんと言い聞かせます」
「そうしてください。迷惑なだけです」
「降沢さんは、人の感情を何だと思っているんですか?」
「美聖ちゃん!」
「はっ、何ですか。トウコさん、今私は…………」

 背後から存在感ありまくりで現れたトウコにも、きつい口調になってしまった美聖だったが、その時になって、ようやくトウコのすぐ後ろで、例の三人組が聞き耳を立てていたことを、知ったのだった。

「…………あっ」

 美聖は何か言おうとして、少女たちの鋭い目に呆然とした。

「えっ……何で、私?」

 どうして、美聖が少女たちに睨まれなくてはいけないのだろう。
 そこがまず、理解不能だった。
 フラれた張本人の姫花が怒声を張り上げた。

「ひどいっ! 占いの先生が彼と付き合ってたんじゃない!」
「へっ?」

 美聖は腰を抜かしそうになった。

「一体……何をどうしたら、そうなっちゃうの?」
「まるきり、痴話喧嘩じゃないの!」
「どうりで、おかしいと思ったのよね!」

 悠樹と奏子もそれに続く。

「…………えっ、ちょっと待って。今のでどうして?」

 痴話喧嘩?
 おかしいだろう。
 美聖は本気で降沢に意見していたのだ。
 後先を顧みてなかったと仕事上の後悔はあっても、今のやり取りに、恋愛感情をねじ込んだつもりは毛頭ない。

「もう行こう。どうせ、この人、ニートだって言うし」
「三十路過ぎて定職に就いていないとか、マジでヤバいよね」
「二度と来ないから……」
「ま、待って……。誤解だから……」

 しかし、美聖の呼びかけは虚しく、三人で怒りの団結をして、嵐のように店を出て行ってしまった。
 宙に伸ばした美聖の手は、一体どうしたらいいのか……。

「美聖ちゃん、しっかりして……」

 呆然と佇む美聖の肩を、トウコが軽く叩いた。
 降沢は何ごともなかったかのように、紅茶を飲みほしてから、読みかけの本に視線を落とした。