◆◆◆
新緑の眩しい季節だった。
古都鎌倉は春と秋に一番客足が伸びるものだが、美聖は桜の散った後の萌黄色の季節が一番好きだった。
特に、鎌倉には竹林で有名な寺もあるし、ハイキングコースも充実している。
「銭洗い弁天は、どうやって行くんですか?」
春の遠足にやって来た子供たちに、道案内をするのはだいぶ慣れてきた美聖だが、一つ困っていることがあった。
――実は、この季節。
とにかく、女子高生のお客様の来店率が高いのだ。
鎌倉は女子高、男子校ともに学校の数が多い。
寄り道が禁止されているところもあるが、中間テストが終わった解放感からか、口コミで騒がれている隠れ家的な占い喫茶に、興味本位で立ち寄ってみたという女子高生たちで、店内は課外学校状態と化していた。
――カオス。
そんな感じだ。
他のお客様の迷惑にならない程度に入場制限をしているが、大変な混雑状態である。
(学生プランがあるからだろうけど……)
『アルカナ』では、中高生は学生証を見せると半額になるという、お得なプランが設定されていた。
その代わり、時間は一般客の半分で十分なのだが、特にたいした悩みもない子には、その時間で充分のようだった。
回転率は早いが、賑やか過ぎる。
今の時期特有のことよ……と、トウコは笑っていたが、まだバイトを始めてから、間もない美聖は、慣れない客層に対する接客で、毎日へとへとになっていた。
ほとんど、喫茶の給仕はできず、占い席から、離れられなくなっている。
(話してばかりで、喉がカラカラだわ……)
鑑定を終わらせた美聖は、先に占い席からお客さんが出て行ったあとで、少し休憩をしようと、カーテンを開けて外に出ようとしたが……。
しかし、女子高生三人組と鉢合わせして、それは不可能となってしまった。
「あっ、先生! 占い、お願いします!」
「えーっと、はい、承知しました」
こうなっては、仕方なかった。
いつもなら、休憩の手配を上手くトウコがしてくれているのだが、彼も忙しくて、そこまで手が回らないようだ。
(……頑張って、彼女たちまでは鑑定しよう)
それに、彼女たちは『アルカナ』の常連であった。
最近、ちょくちょく学校帰りに、立ち寄ってくれている。
椅子はいらないから、三人一緒に占いたいと、自己主張のはっきりした積極的な女の子たちだ。
三人とも制服を着崩し、茶色く染髪していて、淡い化粧もしていたが、言動はまだ幼く、悩みもそれほど深くないのが特徴だった。
『アルカナ』の学割制度が気に入ったらしく、同じような内容でしょっちゅう、占ってはいたのだが……。
「では、十分コースで見ていきましょうか」
美聖が当然の如く、いつもの学割コースで鑑定に入ろうとしたところ……。
「いえ、恋愛運を……見てもらいたいんです。ちゃんと、二十分で」
鬼気迫る表情で、三人が美聖に詰め寄って来た。
謎の迫力に気圧されそうになりながらも、美聖はすかさず、営業スマイルでうなずいた。
「承知しました。恋愛運ですね」
「はいっ!」
(一体、どうしたんだろう……?)
もっとも、たまに一般コースに乗り換える学生さんもいるので、あまり不思議なことではないのだが、どうにも挙動不審というか……なんというか……。
そして、美聖は、彼女たちが背後の壁際席を気にかけていることを発見した。
そこには、この混雑時に、我関せず、優雅にマイペースを貫き、読書を続けながら、紅茶を啜っている降沢の姿があった。
隠れ見ているようで、まったくバレバレの視線は、しかし降沢には認知されるに至っていないようだった。
(…………まさか?)
そのまさか……だった。
「ねえ、先生……。あの窓際に座っているイケメン、誰なんですか?」
「常連さんなんですか!?」
「彼女はいるんでしょうか?」
耳に響く黄色い声に、目を回しながら、美聖は大人の余裕を何とか維持していた。
「うーんと、私にもよく分からないんだけど」
(勝手に、個人情報ばらしたら、まずいわよね……)
彼は『アルカナ』のオーナーであるが、自らそれを客に話すことは滅多にないし、画家でもあるが『先生』と呼ばれることを極端に嫌っている節もあった。
こんな癖のある人だからこそ、了解も得てないのに、ぺらぺら話すことなんてできなかった。
「あっ! 先生にも、分からないんだ!?」
「ミステリアスな人なんだねえ!」
「謎めいてるところに惹かれるってヤツ!」
ああ、曖昧な答えで誤魔化したのがいけなかったのか、少女たちの目にたくさんのハートマークが浮かんでいる。
(まあ、仕方ないわよね……)
降沢は見目が良い。髪の毛が鬱蒼としているから、余り気づかれにくいが、よく見れば、白皙の美貌だ。
長い睫に、手足はすらっとしていて、背も低いわけではない。
いつも小難しい本に目を落としている姿は、頭も良さそうで、インテリっぽかった。
女子高生たちが騒ぐのも、うなずける。
――し・か・し・だ。
(でもね……。あの人、見えないかもしれないけど、三十過ぎているんだよ。しかも、オーナーとはいえ、ほぼ引きこもりだし、余り喋らないし、口を開けば、なんか皮肉っぽいし、性格が悪いのか良いのか、いつも一緒にいる私ですら、分からない、つまらない人なのよ)
ああ……。
出来ることなら、事細かく教えてあげたい。
それが彼女たちのためにもなるのだ。
でも、そんなことしたところで、恋する乙女たちを止めることは土台無理だろう。
新緑の眩しい季節だった。
古都鎌倉は春と秋に一番客足が伸びるものだが、美聖は桜の散った後の萌黄色の季節が一番好きだった。
特に、鎌倉には竹林で有名な寺もあるし、ハイキングコースも充実している。
「銭洗い弁天は、どうやって行くんですか?」
春の遠足にやって来た子供たちに、道案内をするのはだいぶ慣れてきた美聖だが、一つ困っていることがあった。
――実は、この季節。
とにかく、女子高生のお客様の来店率が高いのだ。
鎌倉は女子高、男子校ともに学校の数が多い。
寄り道が禁止されているところもあるが、中間テストが終わった解放感からか、口コミで騒がれている隠れ家的な占い喫茶に、興味本位で立ち寄ってみたという女子高生たちで、店内は課外学校状態と化していた。
――カオス。
そんな感じだ。
他のお客様の迷惑にならない程度に入場制限をしているが、大変な混雑状態である。
(学生プランがあるからだろうけど……)
『アルカナ』では、中高生は学生証を見せると半額になるという、お得なプランが設定されていた。
その代わり、時間は一般客の半分で十分なのだが、特にたいした悩みもない子には、その時間で充分のようだった。
回転率は早いが、賑やか過ぎる。
今の時期特有のことよ……と、トウコは笑っていたが、まだバイトを始めてから、間もない美聖は、慣れない客層に対する接客で、毎日へとへとになっていた。
ほとんど、喫茶の給仕はできず、占い席から、離れられなくなっている。
(話してばかりで、喉がカラカラだわ……)
鑑定を終わらせた美聖は、先に占い席からお客さんが出て行ったあとで、少し休憩をしようと、カーテンを開けて外に出ようとしたが……。
しかし、女子高生三人組と鉢合わせして、それは不可能となってしまった。
「あっ、先生! 占い、お願いします!」
「えーっと、はい、承知しました」
こうなっては、仕方なかった。
いつもなら、休憩の手配を上手くトウコがしてくれているのだが、彼も忙しくて、そこまで手が回らないようだ。
(……頑張って、彼女たちまでは鑑定しよう)
それに、彼女たちは『アルカナ』の常連であった。
最近、ちょくちょく学校帰りに、立ち寄ってくれている。
椅子はいらないから、三人一緒に占いたいと、自己主張のはっきりした積極的な女の子たちだ。
三人とも制服を着崩し、茶色く染髪していて、淡い化粧もしていたが、言動はまだ幼く、悩みもそれほど深くないのが特徴だった。
『アルカナ』の学割制度が気に入ったらしく、同じような内容でしょっちゅう、占ってはいたのだが……。
「では、十分コースで見ていきましょうか」
美聖が当然の如く、いつもの学割コースで鑑定に入ろうとしたところ……。
「いえ、恋愛運を……見てもらいたいんです。ちゃんと、二十分で」
鬼気迫る表情で、三人が美聖に詰め寄って来た。
謎の迫力に気圧されそうになりながらも、美聖はすかさず、営業スマイルでうなずいた。
「承知しました。恋愛運ですね」
「はいっ!」
(一体、どうしたんだろう……?)
もっとも、たまに一般コースに乗り換える学生さんもいるので、あまり不思議なことではないのだが、どうにも挙動不審というか……なんというか……。
そして、美聖は、彼女たちが背後の壁際席を気にかけていることを発見した。
そこには、この混雑時に、我関せず、優雅にマイペースを貫き、読書を続けながら、紅茶を啜っている降沢の姿があった。
隠れ見ているようで、まったくバレバレの視線は、しかし降沢には認知されるに至っていないようだった。
(…………まさか?)
そのまさか……だった。
「ねえ、先生……。あの窓際に座っているイケメン、誰なんですか?」
「常連さんなんですか!?」
「彼女はいるんでしょうか?」
耳に響く黄色い声に、目を回しながら、美聖は大人の余裕を何とか維持していた。
「うーんと、私にもよく分からないんだけど」
(勝手に、個人情報ばらしたら、まずいわよね……)
彼は『アルカナ』のオーナーであるが、自らそれを客に話すことは滅多にないし、画家でもあるが『先生』と呼ばれることを極端に嫌っている節もあった。
こんな癖のある人だからこそ、了解も得てないのに、ぺらぺら話すことなんてできなかった。
「あっ! 先生にも、分からないんだ!?」
「ミステリアスな人なんだねえ!」
「謎めいてるところに惹かれるってヤツ!」
ああ、曖昧な答えで誤魔化したのがいけなかったのか、少女たちの目にたくさんのハートマークが浮かんでいる。
(まあ、仕方ないわよね……)
降沢は見目が良い。髪の毛が鬱蒼としているから、余り気づかれにくいが、よく見れば、白皙の美貌だ。
長い睫に、手足はすらっとしていて、背も低いわけではない。
いつも小難しい本に目を落としている姿は、頭も良さそうで、インテリっぽかった。
女子高生たちが騒ぐのも、うなずける。
――し・か・し・だ。
(でもね……。あの人、見えないかもしれないけど、三十過ぎているんだよ。しかも、オーナーとはいえ、ほぼ引きこもりだし、余り喋らないし、口を開けば、なんか皮肉っぽいし、性格が悪いのか良いのか、いつも一緒にいる私ですら、分からない、つまらない人なのよ)
ああ……。
出来ることなら、事細かく教えてあげたい。
それが彼女たちのためにもなるのだ。
でも、そんなことしたところで、恋する乙女たちを止めることは土台無理だろう。