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 新緑の眩しい季節だった。
 古都鎌倉は春と秋に一番客足が伸びるものだが、美聖は桜の散った後の萌黄色の季節が一番好きだった。
 特に、鎌倉には竹林で有名な寺もあるし、ハイキングコースも充実している。

「銭洗い弁天は、どうやって行くんですか?」

 春の遠足にやって来た子供たちに、道案内をするのはだいぶ慣れてきた美聖だが、一つ困っていることがあった。

 ――実は、この季節。

 とにかく、女子高生のお客様の来店率が高いのだ。
 鎌倉は女子高、男子校ともに学校の数が多い。
 寄り道が禁止されているところもあるが、中間テストが終わった解放感からか、口コミで騒がれている隠れ家的な占い喫茶に、興味本位で立ち寄ってみたという女子高生たちで、店内は課外学校状態と化していた。

 ――カオス。

 そんな感じだ。
 他のお客様の迷惑にならない程度に入場制限をしているが、大変な混雑状態である。

(学生プランがあるからだろうけど……)

『アルカナ』では、中高生は学生証を見せると半額になるという、お得なプランが設定されていた。
 その代わり、時間は一般客の半分で十分なのだが、特にたいした悩みもない子には、その時間で充分のようだった。
 回転率は早いが、賑やか過ぎる。
 今の時期特有のことよ……と、トウコは笑っていたが、まだバイトを始めてから、間もない美聖は、慣れない客層に対する接客で、毎日へとへとになっていた。
 ほとんど、喫茶の給仕はできず、占い席から、離れられなくなっている。

(話してばかりで、喉がカラカラだわ……)

 鑑定を終わらせた美聖は、先に占い席からお客さんが出て行ったあとで、少し休憩をしようと、カーテンを開けて外に出ようとしたが……。
 しかし、女子高生三人組と鉢合わせして、それは不可能となってしまった。

「あっ、先生! 占い、お願いします!」
「えーっと、はい、承知しました」

 こうなっては、仕方なかった。 
 いつもなら、休憩の手配を上手くトウコがしてくれているのだが、彼も忙しくて、そこまで手が回らないようだ。

(……頑張って、彼女たちまでは鑑定しよう)

 それに、彼女たちは『アルカナ』の常連であった。
 最近、ちょくちょく学校帰りに、立ち寄ってくれている。
 椅子はいらないから、三人一緒に占いたいと、自己主張のはっきりした積極的な女の子たちだ。
 三人とも制服を着崩し、茶色く染髪していて、淡い化粧もしていたが、言動はまだ幼く、悩みもそれほど深くないのが特徴だった。
『アルカナ』の学割制度が気に入ったらしく、同じような内容でしょっちゅう、占ってはいたのだが……。

「では、十分コースで見ていきましょうか」

 美聖が当然の如く、いつもの学割コースで鑑定に入ろうとしたところ……。

「いえ、恋愛運を……見てもらいたいんです。ちゃんと、二十分で」

 鬼気迫る表情で、三人が美聖に詰め寄って来た。
 謎の迫力に気圧されそうになりながらも、美聖はすかさず、営業スマイルでうなずいた。

「承知しました。恋愛運ですね」
「はいっ!」

(一体、どうしたんだろう……?)

 もっとも、たまに一般コースに乗り換える学生さんもいるので、あまり不思議なことではないのだが、どうにも挙動不審というか……なんというか……。

 そして、美聖は、彼女たちが背後の壁際席を気にかけていることを発見した。
 そこには、この混雑時に、我関せず、優雅にマイペースを貫き、読書を続けながら、紅茶を啜っている降沢の姿があった。
 隠れ見ているようで、まったくバレバレの視線は、しかし降沢には認知されるに至っていないようだった。

(…………まさか?)

 そのまさか……だった。

「ねえ、先生……。あの窓際に座っているイケメン、誰なんですか?」
「常連さんなんですか!?」
「彼女はいるんでしょうか?」

 耳に響く黄色い声に、目を回しながら、美聖は大人の余裕を何とか維持していた。

「うーんと、私にもよく分からないんだけど」

(勝手に、個人情報ばらしたら、まずいわよね……)

 彼は『アルカナ』のオーナーであるが、自らそれを客に話すことは滅多にないし、画家でもあるが『先生』と呼ばれることを極端に嫌っている節もあった。
 こんな癖のある人だからこそ、了解も得てないのに、ぺらぺら話すことなんてできなかった。

「あっ! 先生にも、分からないんだ!?」
「ミステリアスな人なんだねえ!」
「謎めいてるところに惹かれるってヤツ!」

 ああ、曖昧な答えで誤魔化したのがいけなかったのか、少女たちの目にたくさんのハートマークが浮かんでいる。

(まあ、仕方ないわよね……) 

 降沢は見目が良い。髪の毛が鬱蒼としているから、余り気づかれにくいが、よく見れば、白皙の美貌だ。
 長い睫に、手足はすらっとしていて、背も低いわけではない。
 いつも小難しい本に目を落としている姿は、頭も良さそうで、インテリっぽかった。
 女子高生たちが騒ぐのも、うなずける。

 ――し・か・し・だ。

(でもね……。あの人、見えないかもしれないけど、三十過ぎているんだよ。しかも、オーナーとはいえ、ほぼ引きこもりだし、余り喋らないし、口を開けば、なんか皮肉っぽいし、性格が悪いのか良いのか、いつも一緒にいる私ですら、分からない、つまらない人なのよ)

 ああ……。
 出来ることなら、事細かく教えてあげたい。 
 それが彼女たちのためにもなるのだ。
 でも、そんなことしたところで、恋する乙女たちを止めることは土台無理だろう。