◇◇◇
店の外に造られた小さな庭園は『アルカナ』の売りの一つだった。
古くからの常連客は、占いではなく、その景色を見に来ている人も多い。
生前、ガーデニングが趣味だった祖母が育てていた花々。
枯れることなく、季節の花々が綺麗に咲いているのは、きちんと手入れをしてくれている浩介と一ノ清 美聖のおかげだろう。
今は、薔薇が見頃らしい。
すっかり季節を忘れていた降沢は、ぼんやりと満開の薔薇の花弁を眺めていた。
幸い、月夜ということもあって、真紅の色合いが分かる程度には、明るい。
「どうしたの?」
振り返ると、圧迫感のある逞しい体格に、究極なまでにサングラスが似合ってない男、遠藤浩介が突っ立っていた。
「浩介……。夜なんですから、その似合わないサングラス……外したらどうなんですか?」
「ああ、癖になっちゃって」
浩介は言いながらも、自ら外すことはなかった。
意外に似合っていると、思い込んでいるのだろうか……。
「一ノ清さんは帰りましたか?」
「遅くなっちゃったし、駅まで店の車で送ったわ」
「目、大丈夫なんですか?」
「今のところはね……。そろそろ、見えなくなっていくんだろうけど」
「…………離れで、彼女、おかしなものを拾っていきませんでしたよね?」
「それくらいは、私だって、ちゃんと確認できるわよ」
浩介が作ったような仕草で、唇を窄めた。
大男がぶりっ子している様を目の当たりにしたところで、気分が下がるだけなので、降沢は満開の薔薇の方に視線を戻した。
「月と薔薇を同時に愛でることが出来るなんて、僕は贅沢ですね」
「ウィザードのシンボルマークも、薔薇だったわよね」
薔薇は、キリスト教の象徴主義では、血を流して殉死したイエス=キリストを表す。
同様に、月は女性を示唆する。
最上が最終的に求めていたのは、栄冠を表す太陽ではなかった。
――月だった。
(僕は……その境地には至らないだろう)
アトリエで丁重に保管している骸骨の指輪に思いを馳せながら、降沢は仄暗い微笑を浮かべた。
「おそらく、あの人はあの絵を買いませんよ」
「分かっていて、描いたくせに、よく言うわよ」
「貴方だって早く……一ノ清さんを、試したかったくせに、よく言いますよね?」
――降沢は、知っている。
この店にいるという時点で、遅かれ早かれ、彼女は降沢の描く絵に触れてしまうだろう。
その時、万が一のことがあったら手遅れなのだ。
それだけ危険なことをしているということを、降沢は知っていて、浩介は身を持って分かっているはずだった。
店の外に造られた小さな庭園は『アルカナ』の売りの一つだった。
古くからの常連客は、占いではなく、その景色を見に来ている人も多い。
生前、ガーデニングが趣味だった祖母が育てていた花々。
枯れることなく、季節の花々が綺麗に咲いているのは、きちんと手入れをしてくれている浩介と一ノ清 美聖のおかげだろう。
今は、薔薇が見頃らしい。
すっかり季節を忘れていた降沢は、ぼんやりと満開の薔薇の花弁を眺めていた。
幸い、月夜ということもあって、真紅の色合いが分かる程度には、明るい。
「どうしたの?」
振り返ると、圧迫感のある逞しい体格に、究極なまでにサングラスが似合ってない男、遠藤浩介が突っ立っていた。
「浩介……。夜なんですから、その似合わないサングラス……外したらどうなんですか?」
「ああ、癖になっちゃって」
浩介は言いながらも、自ら外すことはなかった。
意外に似合っていると、思い込んでいるのだろうか……。
「一ノ清さんは帰りましたか?」
「遅くなっちゃったし、駅まで店の車で送ったわ」
「目、大丈夫なんですか?」
「今のところはね……。そろそろ、見えなくなっていくんだろうけど」
「…………離れで、彼女、おかしなものを拾っていきませんでしたよね?」
「それくらいは、私だって、ちゃんと確認できるわよ」
浩介が作ったような仕草で、唇を窄めた。
大男がぶりっ子している様を目の当たりにしたところで、気分が下がるだけなので、降沢は満開の薔薇の方に視線を戻した。
「月と薔薇を同時に愛でることが出来るなんて、僕は贅沢ですね」
「ウィザードのシンボルマークも、薔薇だったわよね」
薔薇は、キリスト教の象徴主義では、血を流して殉死したイエス=キリストを表す。
同様に、月は女性を示唆する。
最上が最終的に求めていたのは、栄冠を表す太陽ではなかった。
――月だった。
(僕は……その境地には至らないだろう)
アトリエで丁重に保管している骸骨の指輪に思いを馳せながら、降沢は仄暗い微笑を浮かべた。
「おそらく、あの人はあの絵を買いませんよ」
「分かっていて、描いたくせに、よく言うわよ」
「貴方だって早く……一ノ清さんを、試したかったくせに、よく言いますよね?」
――降沢は、知っている。
この店にいるという時点で、遅かれ早かれ、彼女は降沢の描く絵に触れてしまうだろう。
その時、万が一のことがあったら手遅れなのだ。
それだけ危険なことをしているということを、降沢は知っていて、浩介は身を持って分かっているはずだった。