「降沢さん、気づいていたのなら、もっと早く返事を下さいよ。私がどんな思いでここに来たのかって」
「ごめんなさい。意識が朦朧としていたので……」
「やっぱり、病院行った方が良いんじゃないですか?」
「それは平気ですよ。起こされても起きないことは、よくあることなので」

 …………それは、最低だ。
 いっそ、叱りつけてやりたいのに、美聖はこの空白の三週間で以前降沢とどのように接していたのか、すっかり忘れてしまっていた。
 降沢だけが、以前と同じで、なれなれしかった。

「なんか……久しぶりな感じがしますね。一ノ清さん」
「三週間ぶりです。まったく店に顔を出さないから、心配してたんですよ」
「心配……してくれたんですか。僕のこと、苦手そうだったのに?」
「…………そんなことは」
「そのくせ、最上さんには、見惚れていましたよね?」
「………………ぐっ」

 腹が立つ。

(なぜ、それを言うのかな……)

 否定しようとしても、今更だった。
 本人にも、バレバレだったのなら、どうしようもない。
 しかも、マイペースで鈍感そうな降沢に、気づかれていたのなら、美聖はよほど態度に出るタイプなのだろう。

(私、占い師なんて仕事やっていけるのかしら?)

 軽くショックを受けつつ、美聖は照れ隠しのように、降沢の前でしゃがんだ。

「と、ともかく! 私は降沢さんの身体が心配だったんです。栄養ドリンクをこんなに飲んでいたら、簡単に身体を壊してしまいますよ。三十代なんて、もうそれほど若くはないんですから」
「…………君……結構、毒吐きますよね?」
「勝手に孤独死されて、第一発見者になんてなりたくありませんからね。私」
「ならば、死なない程度に食べておきたいです。……お腹がすきました」
「はいはい。ちょっと待ってください。トウコさんから預かったサンドウィッチ持ってきます」

 無事で良かったが、やっぱり憎たらしい。
 腹を立てながらも、ちゃんと給仕してあげようと、扉の前に置き去りのままのサンドウィッチを取りに美聖は背中を向けて、歩き出そうとした。

 ……が、なぜか歩けない。

「……あっ?」

 足がすくむ。
 美聖は、そこで初めて自分の手足が震えていることに気が付いた。

「あれ? 何で?」
「……一ノ清さん?」
「あっ、これは……。大丈夫です。気にしないでください。ちょっと待って頂ければ、すぐに」
「大丈夫じゃないと思います」
「そんなことは…………」

 ……と、背後から、降沢の手が美聖の手に伸びてきた。
 繊細な骨張った手が、美聖の手に触れる。

「降沢さんっ!?」
「震えているじゃないですか……」
「これは……その」

 恥ずかしい……。
 子供でもないのに、身体に力が入らないなんて……。
 このままでは、涙ぐんでいることもバレてしまいそうだ。
 自分で行くと言い張って、この体たらくでは、トウコに合わせる顔がない。

「もう平気ですから……」
「それでも、手が冷たくなっていますし。僕と一緒にいれば、多少は落ち着くでしょう?」

 そうなのか……。

(いやいや……)

 落ち着くどころか、心拍数がおかしなことになっているのだが……。
 一体、何が起こっているのか……。
 美聖には分からないほど、混乱していた。
 降沢は後ろから美聖を抱え込むようにして、手を握っている。
 暗いから確認の仕様もないが、降沢の手は美聖の腰を経由しているので、きっと後ろから抱きしめられているような構図となっているのだろう。

「君には申し訳ないことをしました。僕のせいです。怖かったでしょう……。ここは普通の感覚では入れない部屋らしいから……」
「怖いとは思いましたけど……。でも、私には視えませんから」
「視えなくても、君の身体は敏感に感じ取っていますよ」
「そうかもしれませんけど。もう、大丈夫ですって!」
「そうは見えませんから……て、あっ、でも、セクハラだったら、すいません。もしかして、気持ち悪いですか?」
「……そんなことは」

 …………ない……と言いかけて、美聖は自分にドン引きした。
 なぜ、やんわりと触れているような手を振り解くことができないのだろうか。

(降沢さんが、変に優しいからよ)