恋愛運を占ったついでに、最上のことについて、二人が話している声が聞こえてしまったという話をすると、美聖が最上のファンだと思ったのだろうか、大いに警戒されてしまった。

 当然と言えば、その通りだ。

 二人も、気の緩みで、他人のプライバシーについて大声で話してしまったことに罪悪感があったのか、なかなか信じてもらえない。
 個人情報に、敏感になっている昨今だ。
 盗み聞きした内容を確かめるなんて、恐ろしい話だろう。
 けれど、このことを、うやむやにはできない美聖は、丁寧に最上の個人情報を知りたいファンではないことや、決してマスコミに話そうとしているわけではないことを説明して、何とか信じてもらうことに成功した。
 大人しそうなショートカットの女の子があくまで『従姉のお姉さん』から聞いた話で、真相は分からないと釘を刺した上で、美聖に話してくれた。
 従姉のお姉さんは、数年前に最上と同棲を解消して、実家の鎌倉に戻ってきているのだそうだ。

(もしかして、最上さんって……)

 彼女に会いに来たのではないだろうか?

 そして、彼女の話から『アルカナ』にやって来たのではないだろうか?

 そう思い至ってしまうと、やはり追い出してしまったのは可哀想だった気がする。
 降沢が描くことは出来ないまでも、もう少し言い方があったのではないだろうか?

「なんか……ご縁というか、運命的なものを感じます!」
「まあ、占い師的な発想で面白いけど……」

 閉店後の静かな店内で、低いトウコの澄んだ声が響いた。

「在季には、たまには普通の絵を描いて欲しいものよね」
「しかし、浩介。彼女曰く、ご縁……だそうですよ。それに今更こちらから申し出たところで、断られるかもしれませんし……?」

 降沢はユリの絵の真下の定位置の席で、アールグレイティーを飲んでいた。
 朝から変わらない、あさっての方向に飛び出している寝癖を押さえながら、ぼんやりと告げる。 

「……それに、その従姉の女性が僕の祖母の絵について知っていたことも気になります。生前、確かに僕の祖母は手慰み程度に絵を描いていましたが、幸せになれる絵なんて、そんな商法はやってなかったはずです」
「そうよね。たとえ、絵をプレゼントすることがあっても、お祖母様は幸せになれる絵なんて言わないわよね。その従姉のお姉さんがそう思ったってことなのかしら?」
「それとも……?」

 降沢は、頭上を仰いだ。
 ユリの花の絵を気にしている。

「従姉…………か」

 その呟きに、深い思いが込められているような気がした。
 …………が、その後の降沢の反応は、いつものスローモーション生活が嘘のように、素早かった。

「降沢さん?」

 美聖の呼びかけには答えない。
 降沢は、ズボンのポケットの中に仕舞い込んだスマホを取り出すと、おもむろに何かを調べ始め、どこかに電話をかけた。
 彼がスマホを持っているということだけでも衝撃的だったのに、なぜか操作も早い。
 呆気にとられている美聖の肩を、トウコがぽんと叩いた。

「……まったく、困ったヤツだわ」
「はあ」

 降沢が問い合わせたのは、最上が所属している音楽事務所だった。
 最上本人に連絡があったことを言伝するよう頼むと、数分後には本人から折り返し連絡があった。
 よほど暇なのか……とは、思わなかった。
 バンドは活動休止をしているのだから、彼の自由時間も多いということだろう。
 しかも、店の定休日に本人直々に顔を出してくれるらしい。
 とんとん拍子に上手く予定が組まれてしまうのは、本当に運命的なもののように感じた。

 ………………だが、問題はその後だった。