◆◆◆
――そんなこともあるだろう。
それが、トウコの意見だった。
別に、美聖の占いが原因のわけでも、降沢のせいでもない。
元々、そういう話があって最上が『アルカナ』を訪れただけなのではないか……と。
トウコの言う通りだ。
少し後味が悪いけれど、美聖が騒いだところでどうにもならないのだから、仕方ない。
降沢もニュースは耳にしているようだが、特にこの件に関しては反応しなかった。
むしろ、あの日を境に急に馴れ馴れしくなってきたのが、美聖には訳が分からなくて、逆に怖かった。
「あの……。一ノ清さん。その札は、何て言うんです?」
「……はっ?」
営業前に一通りのことを終えた美聖は、タロットカードを順番通りに並べていた。
タロットの浄化方法は、最初から順に並べ直してみることだと、どこかの本で見て以来、それを忠実にやるのが日課となっていたからだった。
別に遊んでいるわけではない。
けれど、降沢には趣味に興じているように映ったのかもしれない。
降沢の人差し指は、美聖が一番上に重ねた数字の1のついたカードに向けられていた。
「これは、魔術師のカードですよ」
ローブ姿の直立した男性が棒を手した右手を上に、左手で地面を指差している絵札。
大アルカナ最初のカード。
――魔術師。
見ての通りの名前だ。
「ああ、魔術師……」
降沢は、顎を擦った。
今日も白のだぼだぼのシャツに、ジーパン姿だ。
「浩介に聞いたことはあったような気がします」
「トウコさんは、いろんな種類のカードで占いますものね。私はウェイト版しか使えないので」
タロットカードにも、様々な種類がある。
正位置、逆位置でリーディングする方法が圧倒的だが、カードの種類によって逆位置を読まないものもある。
また、カードの名前が同じであっても、まったく違う絵柄のものもあるのだ。
特にトウコはその日の気分で、カードの種類を変えるので、降沢も話は聞いていても、覚えきれないのだろう。
「一ノ清さん、この魔術師の意味というのは、何なのでしょうか?」
「新しく始めるとか……。スタートとか、そういった意味ですね」
純粋な降沢の質問に、開店時間を気にしつつも、美聖は付き合って答えた。
「絵札をご覧いただくと……、魔術師の前に置かれているテーブルには、杖と剣と聖杯とコインが置かれているのがお分かりにはなりませんか?」
「ええ、置かれていますね」
「これは、魔術儀式に使う道具で、今まさに魔術棒で何かを創りだそうとしているのだとか……。それで、物事の始まりを示すのだと、本に書いてありました」
「…………なるほど。では、この魔術師は、創造主という意味合いもあるのですね」
「新しいものを作ると言う意味では、そうですよね」
降沢は、熱心に『魔術師』の札に見入っていた。
やはり、何を考えているのか、掴めない。
……と、美聖の考えが読めたかのように、降沢はぱっと顔を上げた。
「ああ、ほら。ウィザードって『魔術師』っていう意味だったなって思って。見入っちゃいました」
「あっ……」
そういうことかと、美聖も納得した。
「魔術師は何かを創りだそうしているって……。音楽も絵も近いものがありますよね。僕は、バンドの『ウィザード』の曲は聞いたことないけれど、活動休止にせざるを得なかった彼の気持ちは、分かるような気がします」
「分かるのですか?」
「シンパシーくらいは、多少ありますよ」
「へえ……」
美聖は初めて、降沢を真っ直ぐ見つめた。
『慕情』以外、彼の作品を見たことがない。
降沢が作業に使っている離れのアトリエには、トウコによって、立ち入りが禁止されていた。
(何でなんだろう?)
美聖が部外者だから、盗難の心配でもしているのだろうか?
むしろ、彼が本当に画家なのか、疑いたくなったのも事実だが、今の話から察するに、やはり降沢は『画家』なのだろう。
得体が知れない。
美聖の知らない何かを、この人はまだ持っている。
長い前髪に隠れてはいるが、鋭い眼差しは切れ味抜群の刃のように、研ぎ澄まされていた。
――だから、怖いのだ。
――そんなこともあるだろう。
それが、トウコの意見だった。
別に、美聖の占いが原因のわけでも、降沢のせいでもない。
元々、そういう話があって最上が『アルカナ』を訪れただけなのではないか……と。
トウコの言う通りだ。
少し後味が悪いけれど、美聖が騒いだところでどうにもならないのだから、仕方ない。
降沢もニュースは耳にしているようだが、特にこの件に関しては反応しなかった。
むしろ、あの日を境に急に馴れ馴れしくなってきたのが、美聖には訳が分からなくて、逆に怖かった。
「あの……。一ノ清さん。その札は、何て言うんです?」
「……はっ?」
営業前に一通りのことを終えた美聖は、タロットカードを順番通りに並べていた。
タロットの浄化方法は、最初から順に並べ直してみることだと、どこかの本で見て以来、それを忠実にやるのが日課となっていたからだった。
別に遊んでいるわけではない。
けれど、降沢には趣味に興じているように映ったのかもしれない。
降沢の人差し指は、美聖が一番上に重ねた数字の1のついたカードに向けられていた。
「これは、魔術師のカードですよ」
ローブ姿の直立した男性が棒を手した右手を上に、左手で地面を指差している絵札。
大アルカナ最初のカード。
――魔術師。
見ての通りの名前だ。
「ああ、魔術師……」
降沢は、顎を擦った。
今日も白のだぼだぼのシャツに、ジーパン姿だ。
「浩介に聞いたことはあったような気がします」
「トウコさんは、いろんな種類のカードで占いますものね。私はウェイト版しか使えないので」
タロットカードにも、様々な種類がある。
正位置、逆位置でリーディングする方法が圧倒的だが、カードの種類によって逆位置を読まないものもある。
また、カードの名前が同じであっても、まったく違う絵柄のものもあるのだ。
特にトウコはその日の気分で、カードの種類を変えるので、降沢も話は聞いていても、覚えきれないのだろう。
「一ノ清さん、この魔術師の意味というのは、何なのでしょうか?」
「新しく始めるとか……。スタートとか、そういった意味ですね」
純粋な降沢の質問に、開店時間を気にしつつも、美聖は付き合って答えた。
「絵札をご覧いただくと……、魔術師の前に置かれているテーブルには、杖と剣と聖杯とコインが置かれているのがお分かりにはなりませんか?」
「ええ、置かれていますね」
「これは、魔術儀式に使う道具で、今まさに魔術棒で何かを創りだそうとしているのだとか……。それで、物事の始まりを示すのだと、本に書いてありました」
「…………なるほど。では、この魔術師は、創造主という意味合いもあるのですね」
「新しいものを作ると言う意味では、そうですよね」
降沢は、熱心に『魔術師』の札に見入っていた。
やはり、何を考えているのか、掴めない。
……と、美聖の考えが読めたかのように、降沢はぱっと顔を上げた。
「ああ、ほら。ウィザードって『魔術師』っていう意味だったなって思って。見入っちゃいました」
「あっ……」
そういうことかと、美聖も納得した。
「魔術師は何かを創りだそうしているって……。音楽も絵も近いものがありますよね。僕は、バンドの『ウィザード』の曲は聞いたことないけれど、活動休止にせざるを得なかった彼の気持ちは、分かるような気がします」
「分かるのですか?」
「シンパシーくらいは、多少ありますよ」
「へえ……」
美聖は初めて、降沢を真っ直ぐ見つめた。
『慕情』以外、彼の作品を見たことがない。
降沢が作業に使っている離れのアトリエには、トウコによって、立ち入りが禁止されていた。
(何でなんだろう?)
美聖が部外者だから、盗難の心配でもしているのだろうか?
むしろ、彼が本当に画家なのか、疑いたくなったのも事実だが、今の話から察するに、やはり降沢は『画家』なのだろう。
得体が知れない。
美聖の知らない何かを、この人はまだ持っている。
長い前髪に隠れてはいるが、鋭い眼差しは切れ味抜群の刃のように、研ぎ澄まされていた。
――だから、怖いのだ。