そうかもしれない。
いや、そうだろう。
いわくつきの物ばかり描きたがる降沢の近くにいたら、とんでもない物に出くわす可能性が高いということだ。
美聖は、占い師のくせして、スピリチュアル方面には懐疑的な目を持っているが、目に見えない世界があるということを自覚はしていた。
霊感の強い人が、もし降沢の側にいたら、視えない降沢の恐ろしい趣向に、悲鳴を上げて逃げていくかもしれない。
「あの最上という男、ここに一人で来ることが出来ただけで、僕との縁は繋がっていたということですからね。……だったら、彼には何かいわくがあるんじゃないかと、君に視てもらいたかったんですよね」
「じゃあ、降沢さんが私に求めていたのは、占いなんかじゃなくて、あの人が描くに値する人かどうかってことだったんですか。だったら、最初からそう言ってくれても」
「最初にすべてをバラしてしまったら、君はかえって萎縮してしまうタイプだと思いましたので、ごめんなさい」
たいして、悪いと思ってないような謝罪だった。
「つまり、私はそのために『アルカナ』に雇われたってことだったんですか?」
降沢がおかしなものを見つけて来ないために、雇われた毒見係のような存在だということなのか?
「嫌だわ。美聖ちゃん、それも理由の一つってことよ」
慌てて、トウコが間に入った。
「余りにも危険な物が持ち込まれた場合、こいつから、それを引き離さないといけないから……。美聖ちゃんの意見が欲しかったってことなのよ。もちろん、私は美聖ちゃんの占い師としての実力も買っているし、相性も良いから上手くやっていけると思っているのよ」
「……あり……がとうございます」
すんなりとは喜べない。
だけど、怒る理由もなかった。
いまだに、非現実的に話に多少違和感を覚えているというのもあるけれど……。
(まあ、はっきり、そう言われた方がしっくりくるよね……)
何かしら裏があることは分かっていたし、美聖は占い師で自活したいと思って、ここに来たわけでもないのだ。
『アルカナ』でバイトを始めた理由は、お金と、ある目的の為だった。
あえて、誰にでもありそうな能力を評価して買ってくれたのなら、美聖はラッキーなのだろう。
「ごめんなさいねえ。元々は、占いの片手間に私がやっていたことなんだけどね。最近、ちょっと目を悪くしちゃったものだから、美聖ちゃんに頼んでみようと思って」
「だから、サングラスをかけていたんですか……」
「そうなの。まっ、そんなに、このヒッキ―なおっさんに絵の依頼なんてないし、いわくつきの品物なんて、そうそう有りはしないから、気にしないでね」
とうとう、ヒッキ―なおっさん呼ばわりされている降沢だったが、特に気にしたふうでもなく、美聖をじっと眺めていた。
「タロットカードによると、彼は仕事のことではなく、もっと違うことを気にしているってふうに出たんですよね?」
「はい。……多分、小アルカナ……カップの6が出ました。過去を惜しんでいるのかもしれませんね」
「過去……か」
降沢が髪を掻き分けた。
切れ長の瞳がすっと細められていた。
そんな時だけ、美聖は異性として降沢を意識してしまうから、嫌になる。
「存外、ここに来たのは、僕の絵を目当てにした訳でもないのかもしれないですね」
「他に、目的があったのでしょうか?」
美聖も、違和感を抱いていた。
もやもやしていたそれを、降沢は言葉にして明確に示してくれた。
「……自分の実力で、ここまで、のし上がってきたと自負している人が、無名に近い画家の絵にすがりたいと思うでしょうか?」
「それも、そうよねえ」
トウコが首を捻る。
「僕は、彼の目的のついで……だとしたら、絵の依頼は引き受けなくて良かったのかもしれませんね。僕の描き方じゃ、途中で気が変わったって言われても、一度描き始めたら、描き終わるまで止まりませんから。…………まあ、もっとも、本当に僕と縁があるのなら、また繋がるでしょうしね」
また意味深な言葉を繰り出してくる。
画家先生は、優雅なものだ。
いくらでも払うと有名人に請われたのなら、美聖だったら、依頼を引き受けていただろう。
ちょっとした嫉妬と、羨望。
だけど、その時の美聖は、降沢の抱えている深い闇の正体を知らなかった。
物事が動いたのは、数日後のことだった。
――美聖は『ウィザード』が活動休止となったニュースを、テレビの一報で知ったのだった。
いや、そうだろう。
いわくつきの物ばかり描きたがる降沢の近くにいたら、とんでもない物に出くわす可能性が高いということだ。
美聖は、占い師のくせして、スピリチュアル方面には懐疑的な目を持っているが、目に見えない世界があるということを自覚はしていた。
霊感の強い人が、もし降沢の側にいたら、視えない降沢の恐ろしい趣向に、悲鳴を上げて逃げていくかもしれない。
「あの最上という男、ここに一人で来ることが出来ただけで、僕との縁は繋がっていたということですからね。……だったら、彼には何かいわくがあるんじゃないかと、君に視てもらいたかったんですよね」
「じゃあ、降沢さんが私に求めていたのは、占いなんかじゃなくて、あの人が描くに値する人かどうかってことだったんですか。だったら、最初からそう言ってくれても」
「最初にすべてをバラしてしまったら、君はかえって萎縮してしまうタイプだと思いましたので、ごめんなさい」
たいして、悪いと思ってないような謝罪だった。
「つまり、私はそのために『アルカナ』に雇われたってことだったんですか?」
降沢がおかしなものを見つけて来ないために、雇われた毒見係のような存在だということなのか?
「嫌だわ。美聖ちゃん、それも理由の一つってことよ」
慌てて、トウコが間に入った。
「余りにも危険な物が持ち込まれた場合、こいつから、それを引き離さないといけないから……。美聖ちゃんの意見が欲しかったってことなのよ。もちろん、私は美聖ちゃんの占い師としての実力も買っているし、相性も良いから上手くやっていけると思っているのよ」
「……あり……がとうございます」
すんなりとは喜べない。
だけど、怒る理由もなかった。
いまだに、非現実的に話に多少違和感を覚えているというのもあるけれど……。
(まあ、はっきり、そう言われた方がしっくりくるよね……)
何かしら裏があることは分かっていたし、美聖は占い師で自活したいと思って、ここに来たわけでもないのだ。
『アルカナ』でバイトを始めた理由は、お金と、ある目的の為だった。
あえて、誰にでもありそうな能力を評価して買ってくれたのなら、美聖はラッキーなのだろう。
「ごめんなさいねえ。元々は、占いの片手間に私がやっていたことなんだけどね。最近、ちょっと目を悪くしちゃったものだから、美聖ちゃんに頼んでみようと思って」
「だから、サングラスをかけていたんですか……」
「そうなの。まっ、そんなに、このヒッキ―なおっさんに絵の依頼なんてないし、いわくつきの品物なんて、そうそう有りはしないから、気にしないでね」
とうとう、ヒッキ―なおっさん呼ばわりされている降沢だったが、特に気にしたふうでもなく、美聖をじっと眺めていた。
「タロットカードによると、彼は仕事のことではなく、もっと違うことを気にしているってふうに出たんですよね?」
「はい。……多分、小アルカナ……カップの6が出ました。過去を惜しんでいるのかもしれませんね」
「過去……か」
降沢が髪を掻き分けた。
切れ長の瞳がすっと細められていた。
そんな時だけ、美聖は異性として降沢を意識してしまうから、嫌になる。
「存外、ここに来たのは、僕の絵を目当てにした訳でもないのかもしれないですね」
「他に、目的があったのでしょうか?」
美聖も、違和感を抱いていた。
もやもやしていたそれを、降沢は言葉にして明確に示してくれた。
「……自分の実力で、ここまで、のし上がってきたと自負している人が、無名に近い画家の絵にすがりたいと思うでしょうか?」
「それも、そうよねえ」
トウコが首を捻る。
「僕は、彼の目的のついで……だとしたら、絵の依頼は引き受けなくて良かったのかもしれませんね。僕の描き方じゃ、途中で気が変わったって言われても、一度描き始めたら、描き終わるまで止まりませんから。…………まあ、もっとも、本当に僕と縁があるのなら、また繋がるでしょうしね」
また意味深な言葉を繰り出してくる。
画家先生は、優雅なものだ。
いくらでも払うと有名人に請われたのなら、美聖だったら、依頼を引き受けていただろう。
ちょっとした嫉妬と、羨望。
だけど、その時の美聖は、降沢の抱えている深い闇の正体を知らなかった。
物事が動いたのは、数日後のことだった。
――美聖は『ウィザード』が活動休止となったニュースを、テレビの一報で知ったのだった。