「すいません、一ノ清さん。もしかして、驚かせてしまいましたか?」
「驚いたというか……。いつも、そんなに話さないのに、今日はよく喋るので、不思議なだけですよ」

 人形でなくて、生きていたんだな……と実感する……とまでは、店のオーナーに向かって、指摘することはできなかった。

「ああ、そうか。言われてみれば、そうかもしれませんね。すいません、今まで、ずっと話しかけたかったのですが、話すきっかけがそんなになかったものでして」
「…………そうとは思えなかったのですが?」
「ほら、見た目からして、気づきません? 僕、ものすごく人見知りなんです。だって、こんな所で、ずっと閉じこもっているんですからね。浩介以外、人と話さない生活をずっと送っているとね、人とちゃんと話すのに勇気がいるというか……。ひきこもりが外に一歩踏み出すのって、大変なことなんですよ。日本語だって忘れるし……」

 三十路の画家に、朗らかに『引きこもり』宣言をされた挙句、勇気を持って話しかけたことを、力説されてしまった。

「……で、降沢さんは、どうして外に出ないのですか?」
「出ても良いんですけど、面倒臭くて」

 訊くべきじゃなかった。

 ――何だ。それは……。

「完全なひきこもりの主張ですよね?」
「そう……だから。こんな無精な僕だから、精力的に動いちゃいないんです。モデルを引き受けてくれた方々やモチーフを貸して下さった方が僕の情報を漏らすこともないように念押して、過去の絵描きとして、ひっそりと生きていたのに、あの人……何処で僕が絵の素材を探していることを知ったのかな?」
「…………在季」

 トウコがサングラスを少しずらして、降沢に真摯な視線を向けた。

「少しは、警戒しなさいよ」
「でも、せっかく僕を訪ねて来たんです。描いてあげても良かったのに…………」

 降沢は無邪気に言い返す。

「あの髑髏……。悪くはなかった」
「……一体、どういうことなんですか?」
「まったくねえ……」

 母親のような愛情と呆れの入り混じった溜息を零して、トウコは大仰に頭を抱えた。

「この男、いわくありげな物ばかり描きたくなるのよ……」
「…………はっ?」

 ぽつりと告げられた一言に、美聖は首をひねった。

「降沢さんって、人物画を描くんじゃなかったのですか?」

 そのためのモデルなのではなかったのか?
 しかし、トウコは肩を竦めている。

「人も描くけど、物も描くわ。まあ、何でも雑食って感じかしら。何も視えないくせして、厄介な代物ばかり描きたくなるの。だけど、視えないのと、感じないのとは違う。こんなことばかりしていたら、確実に命を持っていかれるって、私は老婆心で心配してあげているのよ。……で、一応こんなんでも画家だから、せめて、悪いエネルギーのないものを選んであげたいと思って」
「じゃあ、私に占いをさせたのって……?」
「君は僕の描いた物に反応しました。多少、力を持っていると思ったので、最上の持ち物にも反応を示すかなって思ったんです」

 降沢は、あっさりと答える。
 美聖は激しく顔を横に振った。

「滅相もない! 私のは霊感とか大それたものじゃなくて、多少、ぞわっとする程度ですから。誰にだってあるものだと思います」
「ええ。だからこそ、僕にとっては都合がいいのです」
「何がどういいんですか?」
「君がもし視えすぎていたら、明らかに僕より寿命削ってしまいそうじゃないですか?」 
「………………あっ」