◇◇

 月が赫い。
 無限に静寂が広がっている山の中。
 霧に隠れた小さな庵で女は独り、罵詈雑言を吐いている。

『どうして、私はこんな処にいるのだろう?』

 華やかな都で、衆目を集めていたあの頃が嘘のようだ。
 帝の寵愛を受けて、才気に満ちた息子は、東宮候補に名前が挙がっていた。
 一体、何がいけなかったのだろうか?

『私は、当たり前のことをしただけなのに……』

 いくら優秀とはいえ、無気力な一の宮など、帝になるべきではないし、本人にとっても酷だろう。

『己の口でそれを告げることも出来ないから、私が伝えてあげたのに……』

 末路は、この有様だ。
 帝はよそよそしくなり、後宮にいることすら憚られるようになった。

 ――憎い、憎い。

 どうにかして、殺意を抑えようとしたが、駄目だった。
 愛しい息子は、死んでしまった。
 ……一の宮が殺したのだ。

『帝位になど興味がないという顔をしておいて、弟を殺すのか?』

 あまつさえ、太政大臣の妃を迎えて、即位するなどと……。
 もはや、自分を止めてくれる楔はこの世にはない。

『苦しんだら良い。私と同じ目に遭えば良いんだ』

 すべての道具は、揃った。
 あとは、実行するだけだ。

『……死んでしまえ』

 狂い泣きながら、絶叫する。
 いつまでも、女の虚しい高笑いは止まらなかった。