里津は幼いころから、思ったことをストレートに言うような子だった。

 たとえば、物を壊してしまったけど、先生に怒られるのが怖くて黙っている子がいたら、その子の気持ちも考えずに、その子が犯人だと先生に教えたり、同級生とスーパーで偶然出会ったとき、私服が似合っていなかったら、変だときっぱりと伝えたりした。

 このようなことが、数えきれないほどあった。

 よく言えば素直な子、悪く言えば空気の読めない子だったのだ。

 そのため、周りと馴染むことができなかった。次第に里津の周りには人が集まらなくなっていった。そして子供というものはときに残酷で、気に入らない子がいると、いじめるという手段に出る。

 小学生の里津は、あっという間にいじめの標的になった。

 初めは、誰に話しかけても相手にされなかった。

「ねえ、一緒に移動しない?」
「その消しゴム、可愛いね。どこで買ったの?」

 どれも反応がなかった。明らかに聞こえているだろうに、里津の声に応えてくれる人はいなかった。無視されている里津を笑う声が、教室のあちこちから聞こえてくる。

 里津は自分が悪いことをしたと思っておらず、なぜ無視されているのかわかっていなかった。

「どうして私のことを無視するの? 仲良くしなさいって先生が言ってたの、忘れちゃったの? みんながやってることは、間違ってるよ」

 教室全体に向けて訴えると、笑い声は消え、里津を睨むような目が里津に集中する。

 いじめのリーダー的存在の子が歩き始め、里津の目の前で止まると、里津は体がこわばらせた。二人の間に流れる緊張感がほかの生徒にも伝染していき、教室内が緊張に包まれる。

「私たちの気分を下げるあんたとは、仲良くできないから。本気で私たちと仲良くしたいなら、その性格どうにかしてくれる?」

 その言い方は高圧的で、里津は睨み返すだけで精いっぱいだった。

 その子は里津を鼻で笑うと、踵を返した。そしてほかのクラスメートと教室を出ていく。その背中を見つめていた視界が、少しぼやけた。

 悔しいのか、ただつらくて泣きそうなのか、わからない。しかし泣けばさらに笑われると思い、里津は必死に涙を堪えた。

 一日中その気持ちを引きずり、下校中の里津の足取りは重かった。

「里津?」

 名前を呼ばれて振り向くと、兄の(がい)と、凱の友人の和真がいた。

「どうした、泣きそうな顔して」

 凱は里津と目線を合わせるようにしゃがむ。すると、凱の顔を見て安心したのか、里津は声を上げて泣き出した。

「おい、ここで泣くなよ」

 凱は里津の手を引いて帰ろうとするが、里津は抵抗した。親に泣いているところを見られたくなかったのだ。

「……和真、ちょっとお前の家に行ってもいい?」
「……まあ、緊急事態みたいだし、仕方ない。いいよ」

 そして三人は和真の家に向かった。

「で? 何があったんだよ」

 里津が落ち着いたタイミングを見て、尋ねる。

「……みんなに、無視された。私と、仲良くしたくないって……私の性格を直さないと、話したくないって……」

 里津はまた涙目になる。

「お前、そんな奴らと仲良くしたいのか」

 凱の言っている意味がわからず、首を傾げる。

「木崎里津を否定する奴らと友達になりたいのかって聞いてんの。俺だったら、俺をやめろって言う奴なんて、こっちから願い下げだね」
「凱は我が道を行きすぎだと思うけど」

 そばで話を聞いていた和真が、口を挟む。

「むしろいいことだろ。周りに合わせて、自分を殺して生きていくなんて、生きづらくて嫌だね」
「そういうことを言うから、友達が僕しかいないってわからない? ていうか、幼馴染じゃなかったら、僕だって仲良くならなかっただろうね」
「おいおい、いつまでそんなこと言うつもりだ?」
「凱が俺様をやめてくれるまで、かな」

 二人は里津を置いて言い合いを始めた。

 大人しく聞いていたが、里津は少し思うところがあった。

「凱君、どうして和真といるの? 和真、今、やめろって言ったよ?」
「和真は俺の悪いところを指摘してくれてるだけであって、俺そのものを否定してるわけじゃないから、いいんだよ」
「悪いところってわかってるなら、本当、直してくれないかな」

 和真が呆れた表情で言うと、凱は舌を出して言うことを聞きそうには見えない。

「じゃあ……和真は、凱君のこと、嫌いなの?」

 性格を直せと言うことは、相手のことを嫌っているということだと、身をもって知ったことだった。

 しかし和真は里津の質問に戸惑いを見せる。

「……君には、まだ難しいと思う」

 誤魔化して答えると、凱が声を殺して笑い出した。

「お前、里津相手でもそんななのかよ」

 和真は女子が苦手だった。というより、どう接していいのかわからなかった。

 自分でも気にしていることを笑われたことが気に入らず、和真は凱を部屋から追い出した。里津も帰らそうとするが、怯えた目で見られ、できなかった。

「……君のことは、凱から少し聞いてる。君、正直者なんだってね。それゆえに、言いすぎるところがある」

 話が見えず、里津は不思議そうにする。

「正直でいることは、いいことだ。嘘をつくよりも、何倍もいい。でも、人の気持ちを考えずに話すのは、悪いことなんだ。言葉で、人の心を傷付けているかもしれない。目に見えない凶器。僕は、それが一番怖いと思う」

 里津はまだ理解できていない。そんな里津を見て、和真は微笑んだ。

「人と話す前に、少しだけ考えてみるといい。これは相手を傷付けないだろうかって。それだけで、君の世界は変わるんじゃないかな」

 そして里津はわかっていないのに、頷いた。

 それ以来、和真に言われたことを意識してみたが、やはり里津には難しかった。考えすぎて、人を前にして言葉が出てこなくなっていた。

 その結果、里津は一人になってしまった。