笠木さんは私に名前を呼んでもらえただけでなく、私の名前を呼ぶことができて満足したのか、何かを達成したような顔をしている。

「終わった?」

後ろから声がして、汐里先生がいたことを思い出した。私は勢いよく振り向く。

私たちを呆れたような、むしろ照れているような目で見ている。

恥ずかしさは限界を迎え、この場から逃げ出したくなった。

私はその場に立ち上がる。

「また明日来ますね、笠木さん」
「え、ちょっと」

笠木さんの引き止める言葉を無視し、廊下に飛び出た。壁に縋るように座り込む。

「心臓もたない……」

自分を落ち着かせるために、深呼吸をする。一人になったからか、少しずつ緊張から解放されていく。

毎回こうなるのかと思うと、笠木さんに会いに来るのが少し怖い。

あのような幸せな時間が積み重なると、今以上に笠木さんの存在が大きくなっていくだろう。そうなったとき、私は笠木さんがいない世界で生きていけるだろうか。

そう考えると、笠木さんに会いたい気持ちは強いのに、ここに来ることに抵抗を感じる。

「えん?こんなところに座り込んで、体調でも悪いの?」

偶然通りかかったのか、瑞希ちゃんは少し屈み、心配そうに私を見ていた。

「いえ、大丈夫です」

私が立ち上がろうとすると、瑞希ちゃんが手を差し伸べてくれた。その手を取り、二人で立ち上がる。

だが、瑞希ちゃんと視線が合わない。瑞希ちゃんは私の奥を見ているようで、振り返ってみる。

そこにはネームプレートがあり、笠木さんの名前だけが記されている。

「笠木のお見舞い?」
「……はい」

出てきた声は、自分でも驚くほど小さかった。瑞希ちゃんはさらに心配そうに私を見る。

「笠木といい雰囲気になれたんじゃないの?どうしてそんな落ち込んだ声なわけ?」

戸惑う以外にない。

いい雰囲気だったのかはわからないが、どうして瑞希ちゃんが知っているのか、不思議でならない。

「なんで?って顔してる」

顔に出ていたことを恥ずかしく思い、両手を頬に当て、目を逸らす。

「母さんに聞いたんだよ。笠木がめちゃくちゃ幸せそうな顔してえんのこと話してたって」

瑞希さんが笑いながら教えてくれる。

笠木さんと直接話していなくても、体温が上がることがあるらしい。

笠木さんが私のことを幸せそうに話してくれていたことが、恥ずかしいけど、こんなに嬉しいなんて思わなかった。

そしてまたすぐに気分が落ちてしまった。

幸せが壊れるかもしれないという現実に、引き戻されてしまう。

「……話、聞こうか?」

私の異変に気付いてくれた瑞希ちゃんは、そっと私の肩に触れた。

私はその手に甘え、笠木さんと話していた休憩所に移動した。