何か呆れられるようなことをしてしまったのかと、不安になる。

「純粋すぎってのも怖いと思わない?汐里さん」

急に話しかけられた汐里先生は、困ったように笑う。

「まあいいや」

汐里先生の方を向いていた笠木さんは、また私の方を見た。

「もう一個お嬢様にしてほしいことがあるんだよね」

笠木さんにお願いされることが嬉しくて、さっきの疑問はどこかに消えた。

「私に出来ることでしたら、協力します」

笠木さんは一瞬私を疑うような顔をしたけど、すぐに嬉しそうに頬を赤らめた。

「笠木さんじゃなくて、名前呼んでよ」
「……名前、ですか……?」

そんなことでいいのかと、拍子抜けしてしまう。

「あれ、もしかして俺の名前知らない?」

私が黙ってしまったせいで、笠木さんは少し悲しそうな顔で見上げてきた。

「いえ、知ってますよ。ただ……」

その先がはっきり口にできず、俯く。

ただ、恥ずかしいだけだ。

すると、シャッター音が聞こえた。顔を上げると、笠木さんが私にスマホを向けている。

「何を……」
「照れてるお嬢様を写真に収めておかないとって思って」

私はカメラに向けて手を伸ばす。

「そんな、やめてください」
「可愛いんだから、いいじゃん」

そう言われて、一瞬手を縮めてしまった。

可愛いと言われたから許すというのは、単純すぎる。

「……笠木さんこそ、私の名前を呼んでくれないじゃないですか」

笠木さんは笑うと、スマホを置いて優しく私の両手を取った。

緊張から息が止まりそうになる。

笠木さんの表情は柔らかくて、それだけで心臓がうるさい。

ゆっくりと笠木さんの唇が動く。

「ま」
「……ってください!」

笠木さんの声が音になった瞬間、私は叫ぶようにしてそれを遮った。

緊張に耐えられなくなって、私は笠木さんの手から逃げる。笠木さんは驚いている。

「あの……また、今度でお願いします……」
「なんで?」

絶対にわかって聞いている。

そう思うくらい、笠木さんは悪い顔をしている。

「いいじゃん、名前呼ぶくらい。な?ま、ど」
「だから、待ってくださいと……!」

笠木さんの意地悪さはどんとん増していく。私は懸命にそれを阻止する。

そんな私を、笠木さんはずっと笑っている。

それが面白くなくて、頬を膨らませた。

「拗ねるなよ」

笠木さんの手は伸びると、私の頬に触れる。

触れ合いたいと思うはずなのに、恥ずかしさが上回って逃げたくなる。

「俺は好きな人に名前で呼ばれたいし、好きな人の名前を呼びたいんだよ」