「憎むなら、あのころの自分を憎む」

本当に、お母様のことが好きだったのだと伝わってくる。それを伝えなかったから、お母様は不安になり、お父様以外の人を選んだのだろう。

私を大切に思っていることも、言われなかったらわからなかった。

お父様は、不器用な人なのかもしれない。

「円香の好きな人が悪い奴だと思ったから、酷いことを言ってしまった。すまなかった」

あのお父様が謝ると思わなくて、反応に困ってしまった。

「円香は、後悔しないようにしなさい」

お父様はそう言い残して、出て行った。すれ違うように、奈子さんが入ってくる。

「旦那様とお話できましたか?」

奈子さんはテーブルの上にあるコーヒーカップをさげる。

「うん……ありがとう、奈子さん」

キッチンに立つ奈子さんは首を傾げた。どのことに対してお礼を言ったのか、伝わらなかったらしい。

「服貸してくれたり、お父様と話すきっかけを作ってくれたり……なにより、笠木さんとのことを応援してくれて、嬉しかったから」

だから、奈子さんにお礼を言いたいと思った。

「お礼を言われるようなことではありませんよ」

奈子さんはそう言うと、カップを洗い始める。その背中を見ているとなんだか懐かしくなったけど、違和感があった。

「あの、奈子さん……もう洗い物、やらなくてもいいんだよ?」

私が指摘すると、奈子さんはなにかに気付いたように口を開いた。奈子さんは笑い出す。

「癖って恐ろしいですね」

そう言いながらも、奈子さんは皿洗いを辞めない。食器乾燥機にカップを置いて、戻ってきた。

「これから、好きな人と堂々と過ごせるのですね」
「……うん」

改めて他人に言われると、言葉に言い表せないほどの幸せを実感した。

恥ずかしくて俯くと、奈子さんに服を借りていたことに気付いた。

「そうだ。服、洗濯して返すね」
「そんな、そのままで大丈夫ですよ」

それでも洗濯をと思ったが、聞き入れてもらえなかった。

なにより、いつも洗濯をするのは愛理さんで、私は洗濯したことない。初めての洗濯を人の服でやって、失敗してしまっては申しわけない。

「じゃあ、着替えてくる」

自室に戻り、自分の服に着替える。奈子さんの服も新しくてよかったが、自分の服は落ち着いてリラックスしてしまう。

奈子さんの服を簡単に畳み、部屋を出た。

「ではまた、何かあればいつでも連絡してくださいね」
「うん、ありがとう」

そして奈子さんは帰っていった。