家に戻るまでの間、私たちは一言も話さなかった。門の前には柳が立っていて、私の姿を見た瞬間、駆け寄ってきた。

「よかった……」

柳の目の下にクマがあって、眠れなかったのがわかる。奈子さんから連絡があったはずなのに、心配してくれていたらしい。

「……ごめん、なさい……」

柳の独り言のような言葉と安心しきった顔を見て、思わず謝ってしまった。

家の中に入ると、すぐにリビングに向かった。

お父様と二人きりという状況が初めてに近くて、緊張してしまう。

「円香」

お父様と話したいと思ったはずなのに、どう切り出していいのかわからずにいたら、お父様に名前を呼ばれた。

私は顔を上げてお父様を見る。

「はい」

少し声が裏返った。怖いとはまた違う感情だ。

「今後、どうしたい」

お父様の話をしてくれるものだと思っていたから、少し拍子抜けしてしまう。

素直に話していいのだろうか。自分の思っていることを伝えようと覚悟を決めたが、いざその状況になると、恐怖が勝る。

「私、は……」

声が震える。頭は真っ白になっていって、話したいことはわかっているのに、上手く言葉が出てこない。

「……少し私の話をしよう」

お父様は柳がいれたコーヒーを喉に通した。

「私は円香が道を踏み外さないよう、幸せになれるようにしてきた」

それは、私が染めた髪を切ったことや、婚約者を勝手に決めたことを言っているのだろう。

「円香を大切にしたいと思っていても、どう接すればいいのかわからなかった。だから、どうしても厳しくあたってしまった」

だとしても、やりすぎだったように思う。

お父様の本心が見えなくなるほど、横暴に感じていた。だから私は、勘違いをしていた。

「婚約に関しては、円香のためだった……そう言い切りたいが、会社のためでもあった」
「……正直ですね」

奈子さんが言っていた話通りのことを言われると思っていたため、拍子抜けしてしまった。

「変に強がって、また家を飛び出されては困る」

たしかに、全て私のためだったと言われても信じなかっただろう。

お父様は会社のことしか考えていないという私なりの理解は、そう簡単には覆らない。

さすがにもう家出はしないが。

「円香がどうしたいかを聞いてやることが、円香を幸せにすることに繋がると教えられ、間違っていたとわかった。だから、教えてほしい」

お父様と目が合うが、今までのように目を逸らすことはしなかった。