その後ろから奈子さんが走ってきた。


「どうして……」


お父様が来たこと、奈子さんがお父様を追いかけていたことに混乱し、それ以外出てこなかった。


お父様に追いついた奈子さんは、膝に手をついて呼吸を整える。


「私は、お嬢様の恋を応援したいんです。その説得と、お嬢様がうちにいることを改めて伝えに」


後者が真の目的であるべきだろう。


それにしても、そこまで私のことを応援してくれているとは思っていなかった。


「……改めてって?」
「柳さんには昨夜のうちに連絡しておいたので、今日は旦那様に直接伝えに来ました」


なぜ大事になっていなかったのか、すぐに納得した。
というか、いつの間に柳に連絡していたのだろう。


柳が私の居場所を知っておきながら、なにもしてこなかったのは驚きでしかない。
それも、奈子さんが説得なりなんなりしてくれたのだろう。


本当、奈子さんには頭が上がらない。


「旦那様はお嬢様のことをとても大切にされています。ですから、お嬢様が家出をし、携帯の電源を切ったとなると、心配なさるだろうと思ったので」


お父様が、私のことを?
あれだけ私を閉じ込め、縛り付けておいて?


大切にしているなんて、嘘か奈子さんの妄想だ。
ありえない。


すると、ずっと私と話していた奈子さんは、お父様のほうを見た。


「旦那様、きちんと言葉にしないと何も伝わりませんよ」


お父様は私と目を合わせない。


口を噤み、難しそうな顔をしている。


「お嬢様は、きちんと聞いてくださいます」


そう言われてもなお、お父様は口を開かない。


きちんと聞くなんて、奈子さんも勝手なことを言ってくれる。


内容によっては、私は……


いや、逃げ出さないと決めたはずだ。
今なら、しっかりと受け止めるつもりだ。


「旦那様が仰らないのであれば、私が言います」


奈子さんは怒っているように見えた。
私はその勢いにただ圧倒されるだけだった。


「旦那様は、お嬢様に幸せになって欲しいと思ってます。旦那様が厳しいのは、それがお嬢様のためになると思っているからです」


私のため……?


いや違う。
そんな都合のいい話、あるわけがない。


「……そんなの……」


そのとき、笠木さんの言葉を思い出した。


やはり私は、お父様のことをわかっていなかった。
わかろうともしなかった。


奈子さんの言葉を信じたわけではない。
だが、私が思っているような人だという根拠もない。


きちんと話し合っていれば、こんなふうにすれ違うことはなかっただろう。


「……お父様。私と話す時間を作ってください。お父様がどう思われているのか、知りたいです。そして……私の話を、聞いてください」


次第に怖くなって、俯いて目をつぶった。


「帰るぞ」


顔を上げたときにはお父様の背中しか見えなくて、怒っているのか、そうでないのかは声だけでは判断できなかった。