怒られるようなことをした覚えはないが、怒鳴られて私は恐る恐る振り返る。

「何をする気だ?」

笠木さんの真剣な表情は変わらない。だが、少し私を睨んでいるように見えた。

「ですから、父と話を……」
「違うよな?」

初めて笠木さんを怖いと思った。どうして笠木さんが怒っているのか、わからない。

「俺との三ヶ月のために、家族を捨てる気か?」
「どうして……」

直接言葉にしたわけではないのに、どうして笠木さんはわかったのだろう。

家族を捨てる、というのは語弊があるかもしれない。だが、間違っているとも言い切れない。

鈴原さんとの婚約を破棄したい。笠木さんのそばにずっといたい。

しかしお父様は、その願望を聞き入れてくれるような人ではない。

現在のような家出状態になるか、最悪縁を切られるか。

だが、縁を切られたとしても、私は笠木さんといることを選ぶ。そう覚悟したのだ。

すると、笠木さんは頭を抱えて大きなため息をついた。

「その顔、何言っても無駄だな?」

無意味と言えばそうだろう。

「わかったよ。お嬢様が思うようにすればいい。ただ、これだけは覚えとけ」

笠木さんの鋭い視線が私を捉える。

「わかり合えないからって、相手のことをわかろうとしないのはよくないからな」
「……はい」

私は会釈をして病室を後にする。

笠木さんの言葉は、ただ話し合うことしか考えていなかった私に、解決への道を作り出してくれたような気がした。

家を飛び出したときの私に足りなかったものは、そういった冷静な心だろう。

今現在、私とお父様はわかり合えていない。一方的にお父様が私をわかってくれないと思っていたが、私はどれだけお父様のことを理解しているだろうか。

お父様がどうして私と笠木さんを会わせないようにしているのか。どうして鈴原さんと婚約させたのか。

それは本当に、小野寺の名のことしか考えていないからなのか?私のことを会社を大きくするための道具としか見ていないと、私が勝手に思い込んでいることではないのか?

「円香!」

そんなことを考えながら歩いていたら、お父様の声がした。お父様は額に汗を浮かべながら、遠くから走ってきた。

「無事だったか?怪我はないか?何もされてないか?」

私の両肩に手を置いたお父様は、どこか必死に見えた。

こんなお父様、見たことがない。

「旦那様!お嬢様は今日中に戻られるので家でお待ちくださいと……」