鈴原さんを見上げた笠木さんは、泣きそうな顔で笑った。

そんな顔をして笑うなら、行きたいと思わないなんて言わないで、と飛び出して言いそうになるのを堪える。

「……わかった。また来る」

鈴原さんは低い声で言うと、振り向いた。私は慌てて角に戻る。

鈴原さんがいなくなって、笠木さんの病室に入った。

「こんにちは、笠木さん」

笠木さんは頭の先から足先まで、驚いた表情で見てきた。

「こんにちは、だけど……その格好どうした?お嬢様らしくなくね?」
「知り合いに借りて……」

違う。私が話したいのは、服装の話ではない。

……いや、何をしに来た?

私の頭の中は、笠木さんと鈴原さんの会話でいっぱいだ。

「……手術をすれば、治るって……生きたくないって……本当、ですか」

笠木さんの顔に、どうしてそれをと書いてあったが、すぐに察してくれた。

「あいつとの話、聞いてたんだ?」

私は小さく頷く。顔を上げられない。

「私は……笠木さんに、生きてほしいです。生きてください。笠木さんがいなくなったら、私は……」

ああ、そうだ。笠木さんに、想いを伝えに来たのだった。

「……私は、笠木さんが大切です。失いたくありません。ずっと、笠木さんの笑顔を見ていたいです」

話しながら、視界が滲んでいった。

「生きたくないなんて、言わないで……」

本音は、涙が自然とこぼれるように出てきた。一度溢れ出すと、止まらなくなった。

「お嬢様、あれはあの人の質問に答えただけだよ。だから、そんなに泣かないで」

そう言われても、あの言葉が嘘だったとは思えないから、涙は止まらない。

「きっと、私だけではありませんよね?笠木さんのお母様も、手術をしてほしいと思われているのではありませんか?」

顔を上げると、笠木さんは気まずそうに顔を逸らした。やはり手術をしてくれと言われたのだろう。

「……お金の問題ですか?」
「それは違う」

即答だった。

「成功率の低い賭けに出る勇気がないんだ。失敗したら終わり、じゃなくて、ギリギリまで母さんとか、お嬢様とか、大切な人と過ごしたいって思うんだ」

それでも、手術をしてほしいと思うのは、私のわがままだろうか。成功すれば、もっと長い時間一緒に……

一緒に、いられない。

長ければ長いほど、私と笠木さんが共に過ごす時間は許されなくなる。

いや、それは言い訳だと奈子さんに教えられた。

私の願望を我慢する必要はない。

「……私は今だけでなく、これから先も笠木さんと過ごしたいです」

ここまて思ったことを素直に言ったのは、初めてかもしれない。

「……いや、無理でしょ。あの人、婚約者なんだろ?」