「でも、そのせいで笠木さんが……」
悪者になってしまった。私がわがままを言ったせいで。
会うなと言われてしまった。
私は、会いたいのに。
「私、お嬢様が好きになった方が、悪い人だとは思えないんですよね」
奈子さんは微笑んでいる。
「悪い人だったら、お嬢様は幸せそうな顔をしないはずですし」
どうして奈子さんはここまで私のことをわかってくれるのだろう。
その優しさで、私は泣きそうになる。
「さあ、着きましたよ。夕飯はお嬢様が食べたいものにしましょう」
マンションの中に入る奈子さんの背中を追う。エレベーターに乗り、五階で降りる。
奈子さんはカバンから鍵を取り出し、ドアを開けた。
「あ」
台所に立った奈子さんは小さくこぼした。
「すみません、お嬢様。シチューを作ってる途中でした……」
言われてみると、シチューの匂いがする。
「牛乳がなくて買い出しに行ったのに……」
奈子さんは袋の中から牛乳パックを出しながら、独り言を言った。
八年、奈子さんの働く姿を見てきたけれど、このような失敗をしたところを見たことがなくて、なんだか笑ってしまった。
「なにを笑ってるんですか、もう」
奈子さんはそんな私を見て頬を膨らませている。
私は慌てて口元を隠す。
「ご、ごめんなさい……」
笑ってしまったから不服そうにしているのだと思って謝ったが、奈子さんは笑った。
「怒ってませんよ。冗談です」
その言葉に、安心して頬が緩んだ。
「やっと笑ってくれましたね」
そういえば、奈子さんと再会してずっと、笑っていなかった気がする。
あんなことがあったのに、今自然と笑えていることが不思議だ。
「私……お嬢様なんてやめたいなあ……」
私がお嬢様だから、結婚相手を親に決められる。本当に好きな人と結ばれることも許されない。
好きな人も、思いを殺して隠してしまう。
私が普通の家庭の子だったら……
「あの環境だったから、今のお嬢様がいるのですよ?」
その通りだ。別の家庭で育っていたら、きっと笠木さんに出会っても、瑞希ちゃんたちのように近寄ろうとしなかっただろう。
「でも……あの環境にいるから、好きな人に会うこともできないの」
奈子さんは申しわけなさそうに目を伏せた。
違う。奈子さんに八つ当たりがしたかったわけではない。
「あの、奈子さん……」
「お嬢様だから、何もできないと思ってますか?」
謝ろうとすると、奈子さんは少し冷たい声で私の言葉を遮った。
「え……?」
奈子さんは鍋に火をかけ、底が焦げないように混ぜている。
「行動できない理由を、お嬢様という立場のせいにしていませんか?」
そんなことはないと、即答できなかった。
悪者になってしまった。私がわがままを言ったせいで。
会うなと言われてしまった。
私は、会いたいのに。
「私、お嬢様が好きになった方が、悪い人だとは思えないんですよね」
奈子さんは微笑んでいる。
「悪い人だったら、お嬢様は幸せそうな顔をしないはずですし」
どうして奈子さんはここまで私のことをわかってくれるのだろう。
その優しさで、私は泣きそうになる。
「さあ、着きましたよ。夕飯はお嬢様が食べたいものにしましょう」
マンションの中に入る奈子さんの背中を追う。エレベーターに乗り、五階で降りる。
奈子さんはカバンから鍵を取り出し、ドアを開けた。
「あ」
台所に立った奈子さんは小さくこぼした。
「すみません、お嬢様。シチューを作ってる途中でした……」
言われてみると、シチューの匂いがする。
「牛乳がなくて買い出しに行ったのに……」
奈子さんは袋の中から牛乳パックを出しながら、独り言を言った。
八年、奈子さんの働く姿を見てきたけれど、このような失敗をしたところを見たことがなくて、なんだか笑ってしまった。
「なにを笑ってるんですか、もう」
奈子さんはそんな私を見て頬を膨らませている。
私は慌てて口元を隠す。
「ご、ごめんなさい……」
笑ってしまったから不服そうにしているのだと思って謝ったが、奈子さんは笑った。
「怒ってませんよ。冗談です」
その言葉に、安心して頬が緩んだ。
「やっと笑ってくれましたね」
そういえば、奈子さんと再会してずっと、笑っていなかった気がする。
あんなことがあったのに、今自然と笑えていることが不思議だ。
「私……お嬢様なんてやめたいなあ……」
私がお嬢様だから、結婚相手を親に決められる。本当に好きな人と結ばれることも許されない。
好きな人も、思いを殺して隠してしまう。
私が普通の家庭の子だったら……
「あの環境だったから、今のお嬢様がいるのですよ?」
その通りだ。別の家庭で育っていたら、きっと笠木さんに出会っても、瑞希ちゃんたちのように近寄ろうとしなかっただろう。
「でも……あの環境にいるから、好きな人に会うこともできないの」
奈子さんは申しわけなさそうに目を伏せた。
違う。奈子さんに八つ当たりがしたかったわけではない。
「あの、奈子さん……」
「お嬢様だから、何もできないと思ってますか?」
謝ろうとすると、奈子さんは少し冷たい声で私の言葉を遮った。
「え……?」
奈子さんは鍋に火をかけ、底が焦げないように混ぜている。
「行動できない理由を、お嬢様という立場のせいにしていませんか?」
そんなことはないと、即答できなかった。