行く宛てもなく、夜道を歩く。

「円香お嬢様?」

近くのコンビニの前を通ると、名前を呼ばれた。振り向くと、奈子さんがビニル袋を持って立っている。

「お久しぶりですね、お嬢様」

奈子さんは私に駆け寄った。

奈子さんは一年前に結婚し、退職した。会うのは、一年ぶりだ。

「お元気で……お嬢様?なにかありましたか?」

奈子さんは鋭かった。

私の両腕に触れる。

「私でよければ、お話聞きますよ?」

久々の奈子さんの笑顔に、安心した。

私が小さい頃からメイドとして働いていてくれた奈子さんは、私にとって母親の存在に近いのかもしれない。

それくらい、安心感があった。

「お嬢様、何があったんですか?」

奈子さんはもう一度優しく聞いてくれた。

よくよく思い出してみれば、奈子さんは一度も笠木さんのことを否定しなかった。私の話を、聞いてくれるかもしれない。

「ねえ、奈子さん……好きな人に会いたいと思うのは……おかしいこと、なのかな……」

言葉にした途端、涙が零れた。

初めて、自分の気持ちを正直に言えた。そのせいか、感情が溢れ出した。

「笠木さんは……彼は、私に世界の広さを教えてくれたの……でも、彼は……もうすぐ、死んじゃう……のに……お父様が、部屋から出るなって……」

すると、奈子さんはそっと私を抱きしめた。何度も優しく頭を撫でてくれる。

「それで、お嬢様は家出を?」

急に自分のしたことが恥ずかしくなり、小さく頷く。

「お嬢様、よかったらうちに来ませんか?」

そんな提案をされると思っていなくて、奈子さんの顔を見る。冗談で言っているようには見えない。

「でも……私、邪魔にならない……?」

結婚して一年なのだから、まだ二人の時間を楽しみたいはずだ。

奈子さんはそんな心配をした私を笑った。

「まさか、そんなことありませんよ。むしろ大歓迎です。私、お嬢様と恋バナしてみたかったんです」

奈子さんは私の腕を引っ張って歩き始める。

「二年前、好きな人ができたと打ち明けてくれたとき、これでも嬉しかったんですよ。それからのお嬢様は、毎日学校に行くのが楽しそうで」

奈子さんがよく私のことを見てくれていたのだと、少し嬉しくなった。それと同時に、もっと奈子さんと話しておけばよかったと思った。

「本当にその人のことが好きなんだなって思ってました」

たったそれだけでわかるのかと思ったが、唯一打ち明けていた奈子さんだからこそ、気付いていたのだろう。

「旦那様も柳さんも、お嬢様が変わられていくことを怒ってましたけど、私は、いいぞ、もっとやれーって」

奈子さんは少し舌を出して笑った。

「お嬢様だって女の子ですもん。好きな人に近付きたい気持ちくらいありますよね」