君への愛は嘘で紡ぐ

「そんなに緊張しなくても大丈夫よ」


ただ挨拶しただけなのに、また緊張していると言われてしまった。


汐里(しおり)さん。これ、この人の通常運転だから」


笠木さんは両手を上げて体を伸ばしながら、ベッドの方に歩いて行った。


笠木さんも先生を下の名前で呼ぶということは、二人は相当仲がいいらしい。


「なるほど、礼儀正しいのね。玲生くん、見習ったら?」


笠木さんは鼻で笑った。


「冗談。生きたいように生きるのが俺の座右の銘だから。堅苦しいのはごめんだね」


笠木さんは一番窓際にあるベッドに腰掛けた。
空を見上げてため息を一つつくと、流れるように私の顔を見た。


私は彼の視線から逃げることも出来ず、両手で抱えていた教科書の角を強く握った。


「……なんで黙ってんだよ。話したかったんじゃねーの?」


そう言われて、思い出した。
私は彼と話がしたくて、授業をサボり、体調が悪いわけでもないのにここに来たのだった。


咄嗟に声をかけたときは何も思い浮かばなかったが、ここに来るまでに一つだけ、話したいことができた。
話したいことというより、聞きたいことのほうが相応しいかもしれない。


「どうして私のことを知っていたのですか?」


質問をすると、笠木さんはまた窓の外を眺めた。
そしてそのままベッドに体を投げた。


聞いてはいけないことを聞いたのではないかと、内心焦る。


「たまたま。偶然。見かけた。……ご満足いただけました?」


そんな適当な。


寝転んだまま右手で頬杖をつき、私の目を見てくる。
納得がいかない私は首を横に振る。


「玲生くん、どうしてそんな意地悪なこと言うの。ちゃんと教えてあげなさい」


先生は笠木さんの投げやりな態度を注意した。


笠木さんは少し固まって、亀のような動きで枕に顔をうずめた。


「……知らねー」


こもった声だった。
隣で先生が呆れた表情を見せる。


「もう、本当子供なんだから。ごめんね、小野寺さん」
「いえ……」


先生に謝られると思っていなくて、空返事をしてしまった。


「せっかくだし、少し休憩していかない?」


先生の笑顔は、とても優しく、落ち着くものだった。
不思議と、もっとここにいたいと思った。


初めからある抵抗心のせいか、ぎこちない頷きになってしまった。


先生は冷蔵庫からお茶を取り出し、二つのコップに注いだ。
一つは円形のテーブルに置き、もう一つは笠木さんが横たわるベッドのそばにある小さな台に置いた。


「どうぞ?」