「歩いてたら、生きてるって感じがするんだよ」

それを聞いて、私はとんでもない勘違いをしていたことに気付いた。

笠木さんは死ぬことを受け入れているわけではないのかもしれない。

「自分の足で歩いて、入院してる人に会う。それが今の俺の日常」

笠木さんはときどき私のほうを見上げてくれる。一緒に話しているという感じがして、私はその行動が結構好きだ。

「笠木さんは、今も昔も人が好きなのですね」

思ったことを言っただけなのだが、笠木さんは難しい顔をして前を向いてしまった。

「どうだろう。昔は誰かに必要とされることで、生きてていいんだって思ってただけだし……今は、気を紛らわすために誰かと話してるだけだし」

そのとき、笠木さんと汐里先生と参加したフリーマーケットのことを思い出した。

汐里先生は、笠木さんが地域の人との関わりを大切にしていると言っていたが、それはきっと、今言ったことが理由なのだろう。

「自分のやりたいことを好きなようにやるのは楽しかった。でも、ふと思うことがあったんだ」

後ろから見ていても、笠木さんがさらに俯いたことがわかる。

「どうせ死ぬのに、なにやってるんだろうって」

そんな苦しいことを考えたこともなかった。何を言っていいのかわからなくて、黙って話を聞くことしか出来なかった。

「でも、誰かのために行動していたら、少しは楽になった」

笠木さんの声が苦しそうで、だけど私にはどうすることもできないことがもどかしくて仕方ない。

「誰かに求められないとそういうこともできないから、俺を忘れてほしくなくて、やれることは全部やった」

笠木さんが必死に生きようとしていた姿が目に浮かぶが、その言葉が妙に引っかかった。

「矛盾、していませんか……?私には忘れてほしいと……」

二年前、笠木さんはたしかにそう言った。忘れるはずない。

「お嬢様はもう俺のことは忘れてるって思ってないと、お嬢様のことで頭がいっぱいになるから」
「え……」

私は思わず立ち止まってしまった。

汐里先生に聞いた話と違う。だが、その理由のほうが、なんとなく嬉しかった。

「お嬢様が好きだって気付いてから、やりたいって思うことは大体お嬢様絡みだった。……だから、お嬢様は俺のことなんか忘れてるから、考えるだけ無駄だって思い込むようにしてた」

私が戸惑っている間に、細かく丁寧に教えてくれた。笠木さんは照れ笑いを見せる。

どう答えていいのかわからなくて、ゆっくりと車椅子を押し始める。

ふと、笠木さんに一方的に気持ちを聞いただけで、私は何も話していないことに気付いた。

「……笠木さん」

私だって、本音を言いたい。笠木さんに気持ちを伝えたい。