「はは、俺のせいか」

笠木さんのあの態度がなかったら、きっと私は勘違いをしていただろうから、笠木さんのせいだ。

すると真剣な瞳が私を捉えた。目を逸らしたくても、できなかった。

「俺はお嬢様のことが好きだよ。誰よりも大切で、幸せになって欲しい」

嬉しくて涙は出るし、心臓はうるさくなる。今さらかもしれないが、涙を笠木さんに見られたくなくて、手で顔を覆う。

「……お嬢様、できればここに座ってほしい」

笠木さんはさっきまで私が座っていた場所を数回叩く。私は恐る恐る移動する。

笠木さんは私の頬に優しく触れた。

「あ、あの……」

笠木さんが触れているところに意識が集中してしまう。心臓の音はますます大きくなる。

笠木さんは何も言わず、私の涙を拭うと、私を抱きしめた。

「ごめん……今だけ、許して」

今だけと言わず、ずっと抱きしめていてほしいと思った。誰かに触れられることで、こんな穏やかな気持ちになるなど、知らなかった。

しばらくして、笠木さんは離れてしまった。

「……病室、戻ろっか。汐里さん待ってるだろうし」

ここに居続ける理由もないから私は立ち上がるが、提案した笠木さんは座ったままだ。

「笠木さん?」
「ごめん、お嬢様。車椅子持ってきてもらえる?歩けねーわ」

笠木さんは申しわけなさそうに笑った。

笠木さんが立ち上がれない理由がわかり、私の幸せな気分は一気に消える。

「……わかりました」

私は笠木さんに指示された場所に車椅子を取りに行った。

誰も乗っていない車椅子を押して戻ると、笠木さんは慣れたように車椅子に乗った。

最初に人が乗っていない車椅子を押していたからか、人が乗ったときの重さが手に伝わってきて、不思議な感覚だ。

それから思っていた以上に笠木さんの体重が軽くて、胸が締め付けられる。

「ごめんな、お嬢様」

車椅子を押し歩いていたら、笠木さんはまた謝った。少しだけ見える笠木さんの横顔は、切なかった。

「……謝らないでください」

謝罪の言葉が聞きたくて車椅子を押しているわけではない。

「じゃあ……ありがとな、お嬢様」

それが伝わったのか、笠木さんは感謝の言葉を言い、私を見上げて笑った。

これだ。私が好きな、笠木さんの笑顔。

私を喜ばせたり悲しませたりと感情を動かすのは、笠木さんしかいないのかもしれない。

「あの……歩けなくなることがあるのに、どうして車椅子を使っていなかったのですか?」

ゆっくりと車椅子を押しながら、ふと気になったことを聞いてみる。

歩けないとわかったときの笠木さんは、妙に落ち着いていた。つまり、歩けなくなるのはよくあることなのだろう。