「一年くらい前に、玲生くんが書いたものだよ。ゴミ箱に捨てられてたのを拾っちゃって、そのまま持ってたの」

先生はいたずらがバレた子供のように笑う。

もう一度、くしゃくしゃになった紙を見る。

「笠木さんが……私に……?」

信じられない。もし本当に会いたいと思ってくれているのなら、あのような態度にはならないはずだ。

いや、一年も経てば、人の気持ちは変わる。彼は、今や私に会いたいとは思っていないのだろう。

だから、あのような態度だった……

「あの日から、玲生くんは小野寺さんに優しくしないって決めてるんだって。自分のことを覚えていたら、小野寺さんに迷惑になるからって」

腑に落ちるまで、そう時間はかからなかった。

笠木さんはわざと、私を冷たく突き放していたのか。

「……汐里さん、勝手に話しすぎ」

後ろから声がし、まさかと思い振り向くと、笠木さんが立っていた。

「だって……つらそうな玲生くん、これ以上見たくなかったんだもん」

汐里先生は立ち上がり、笠木さんのほうを向く。

「私、我慢した。二年も。でも……もう、限界だよ……」

見上げると、先生は泣いている。笠木さんを盗み見ると、目が合い、私は目を逸らしてしまった。

私は笠木さんを思っているが、笠木さんはそうではないかもしれない。また冷たくされるかもしれない。

そう思うと、怖くなってくる。

「……お嬢様」

久々に優しい声で呼ばれ、私の中にあった恐怖心はどこかに消え去り、嬉しくて思わず顔を上げた。

「久しぶり」

笠木さんが笑いかけてくれた。たったそれだけのことなのに、静かに涙が落ちた。

「……お久しぶりです、笠木さん」

心のもやもやはすっとなくなり、自然と笑うことができた。

笠木さんが私の左隣に座る。

「じゃあ私、玲生くんの病室にいるね」

先生は涙を拭いながら、去っていった。

笠木さんがすぐ隣にいることは嬉しいが、それよりも緊張が勝ってしまい、汐里先生が座っていた場所に移る。

「今度はお嬢様が逃げる番?」

笠木さんは意地悪く言う。

「そ、そういうわけでは……その……笠木さんの隣にいたいけど、いたくないと言いますか……」
「なんだそれ」

そして優しく笑う。

たったそれだけのことなのに、笠木さんの笑顔で頬が緩む。

「笠木さん、雰囲気変わりました?なんだか、優しくなったような……」

トレードマークであった金色の髪は黒になっており、表情もどこか柔らかい。

笠木さんはゆっくりと顔を下げ、手元を見つめる。

「体の調子がよくても、あのころみたいに好きなことを好きなようにできないからさ。だったら、人に優しくして自分の心を癒せないかなって」

汐里先生が言っていた、つらそうな顔というものがわかった気がする。

笠木さんの笑顔には、ときどき儚さが見え隠れする。

「……余命三ヶ月というのは、本当ですか?」