ゆっくりとお嬢様を引き離す。

「笠木さん……?」

不安そうな声に、決心が揺らぐ。

だけど、言わないという選択肢を選んではいけない。

「お嬢様さ……なにか勘違いしてないか?」

状況が飲み込めていないお嬢様は、目を泳がす。

「本気で俺がお嬢様の相手をしてたと思うのか?」

言いたくない。言えない。

でも、お嬢様を傷付けないと、俺は多分、一生後悔する。

お嬢様の中に、俺の存在を残すな。忘れたいと思わせろ。

「……金持ちだから、相手しただけ。お嬢様のことなんて、どうでもよかったから」

お嬢様は静かに涙を落とす。だけど、そのまま笑った。

「わかっていますよ。でも……笠木さんも勘違いされていませんか?」

そう言われて、お嬢様のほうを見る。手が震えているのが気になった。

「私は、笠木さんを利用しただけです。おかげさまで、人との関わり方を知ることができました」

じゃあ、どうして抱きついてきたんだ、とは言えなかった。気付かないふりが一番だ。

「今日はただ、お礼を言いに来たのです。短い間でしたが、お世話になりました」

お嬢様は深く頭を下げ、走って帰っていった。

「小野寺さん!」

汐里さんがお嬢様を呼ぶけど、多分お嬢様は止まらない。

それと同時に全身の力が抜け、俺は倒れるように座り込んだ。

「ちょっと玲生くん、今のどういうこと!?」

汐里さんは混乱しながらも、ベッドに移動しようとする俺を支えてくれる。

「汐里さん……今のは、見なかったことに、して……俺と、お嬢様のために」

ベッドに横たわると、天井が滲んでいく。

だけど、今泣くわけにはいかない。涙が落ちる前に、両手で目を押える。

「でも二人、絶対に」
「汐里さん」

直接口を塞ぐことはできなくて、名前を呼んで遮る。

「俺はこんなだし……小野寺円香は、金持ちの娘……どれだけ頑張っても、結ばれないんだよ……だから、知らないふりして……」

汐里さんを見ると、納得しない表情で泣いている。

「玲生くんは、もっと欲張りだった」
「……うん」
「小野寺さんのこと、諦めるの?」
「……違うよ」

諦めるという表現は、この場合相応しくない。

「お嬢様のことは、死ぬまで好きだ。でも、俺はお嬢様を幸せにできない。だから、傷付けて、幸せになってくれることを、祈るしかできない」

汐里さんが一生懸命泣いてくれるからか、不思議と涙は出てこなくなった。

汐里さんの涙が止まり、落ち着いてから、俺は病院に連れていかれた。

「おかえり、玲生。用事は済んだ?」

中條先生が笑顔で病室に入ってくる。

用事が、済んだ。

中條先生がそんなつもりで言ったわけじゃないってわかってるけど、なぜか、お嬢様との関係は終わった?と言われたような気がした。

終わったんだ。もう、本当にお嬢様には会えない。

そう思うと、涙が止まらなかった。