額に浮かび上がった汗を拭き取ってくれる。

「言ってくれたら、迎えに行ったのに……どうして自分で歩いてくるなんてわがまま言ったの?」

母さんも同じようなことを言ってきた。俺の体力が尽きていることがわかっていて、車で送ろうかと言われた。

「……だって、最後だから」

最後だから、自分の足で学校に来たかった。

「……あのさ、汐里さん」

ここに来た目的を思い出して、死にそうな声で汐里さんを呼ぶ。

「……なに」

泣いているのか、鼻をすする音が聞こえる。半ギレのような言い方に、思わず笑ってしまう。

「呼び出して欲しい人がいるんだ」

目を閉じると、思い浮かぶ人。笑顔を想像しただけで、癒される人。

「……小野寺円香」

名前を言ったのに、汐里さんは黙っている。

「玲生くん、知らないの……?」

汐里さんの言いたいことがわからない。

お嬢様になにかあったのか。

「小野寺さん、急に転校したの。だから、もうこの学校にはいない」
「え……」

ただでさえ絶望していたのに、さらに下があるとは思わなかった。頭が追いつかない。

「なんで……」

そう言いながら、どうしてお嬢様が転校したのか、想像出来てしまう。

「わからない。今朝電話がかかってきて、もう通わせないって」

俺のせい、か……?俺がお嬢様に悪影響を与えたと思われたのか……?

だから、お嬢様はまたあの閉じこもった世界に連れ戻されたのか?

「玲生くん……」
「先生!」

汐里さんの声をかき消すほど大きな音でドアが開き、汐里さんを呼んだ。

「笠木さんがどちらにいらっしゃるか、ご存知ですか!?」

俺を笠木さんと呼ぶのは、一人しかいない。

なにより、この声。わからないわけがない。

俺は最後の力を振り絞り、立ち上がる。

「……保健室で大声出すなよ、お嬢様」

カーテンをしっかりと掴んでいなければ、立っていられなかった。

お嬢様は、見たことない制服を着ている。いかにもお嬢様というような、金持ちが着るような制服。

俺との身分差がはっきりと目に見える。

「笠木さん……!」

お嬢様は俺に抱きついてきた。全身にあまり力が入っていないせいか、後ろに倒れそうになる。

予想外の行動にときめいている場合ではない。体調が悪いことを勘づかれるのではないかと、気が気じゃない。

「……他校生が入ってきたらいけないと思うんだけど?」
「これが最後のルール違反です」

すぐ近くで笑うお嬢様を見て、抱き返したくなる。

だけど、俺は今から彼女を突き放さなければならない。そんな、期待させるようなことはしない。