それは突然のことだった。

お嬢様の友達が言ってた通り、バイト先の喫茶店は人気が出てきたようで、昼時はかなり忙しかった。

そのせいで、薬を飲む暇がなかった。

結果、バイト中に倒れてしまった。

いつものように病院で目を覚ます。

「おはよ。店長さんたちには適当に言って帰ってもらったよ」

担当医の中條先生が教えてくれた。誰にも知られたくないと言っていたから、そうしてくれたのだろう。

「……ありがとう」
「別に、大したことじゃない」

すると、先生から笑顔が消える。

「……玲生」

この瞬間は、いつも緊張する。先生が真剣な表情をしたとき、いいことを言われることは少ない。

「もう……バイトは厳しいんじゃないか?」

否定できなかった。

母さんと無理をしない約束をした。意地を張って、できるとは言えなかった。

「俺……限界?」

薬を飲む時間がズレたことは、何度かあった。そのときは、少ししんどくなったくらいで、今回みたいに倒れることはなかった。

「精密検査しないことにははっきり言えないけど……なんとなく、自分でわかってるだろ」
「……まあ」

実際、今体を起こすことが出来ていない。かなり体が重い。

「ねえ、先生」

天井を見つめていたけど、次第に涙で見えなくなる。

まだやりたいことがいっぱいあるのに。お嬢様への気持ちに気付いて、もっと一緒にいたかったのに。

「一日だけ……一日だけでいい、から……外出許可ください……」

もう入院しなければいけないことわかっている。

だけど、このまま黙ってお嬢様と別れるのは嫌だ。

「検査の結果次第だが……許せるのは、一日だけだからな」

中條先生はそんな俺のわがままを聞いてくれた。

「神……」

中條先生は俺の額に拳を置く。

「バーカ」

優しい声だった。

それからすぐあと、母さんが泣きながら病室に来た。

「……母さん、俺、もうバイトは辞めるし、学校行かない」

自分なりに覚悟を決めて伝えると、母さんは目を見開いた。

「それって……」
「治療に専念する。もう、限界ぽい」

酷い愛想笑いだと自分でも思った。

母さんは大粒の涙を零す。

必死に手を伸ばし、母さんの頬に触れ、指で涙を拭った。母さんは手を重ねてきて、さらに泣いてしまった。



翌朝、看護師に手伝ってもらいながら制服を着た。結構準備に時間がかかり、病院を出たときには一限が終わろうとしていた。

重い体を引きずる思いで学校に向かう。

着いたのは、四限の途中だった。二時間もかけて登校したのは、初めてだ。

教室に行く余裕なんて当然なく、俺はまっすぐ保健室に向かう。

「ちょっと、玲生くん!?ものすごく顔色悪いよ!?」

汐里さんに支えられながらベッドに寝たことで、ようやく落ち着いた。

汐里さんはベッドの隣にある丸椅子に座る。