その表情はどこか寂しそうで、声をかけなければ消えてしまいそうに思えた。

「……飲み物、いかがですか」

だが、バイトの俺はこう言うことしかできなかった。

お嬢様は急に声をかけられ、驚いている。と思ったら、すぐに笑顔を作った。

「大丈夫です。ありがとう」

俺にも愛想笑いを向けられ、それは拒絶のように感じた。

お嬢様のことが心配でも、俺にはどうすることもできない。

だから、それ以降俺がお嬢様に声をかけることはなかった。

バイトが終わると給料を受け取り、帰路についた。

だが、バイトが終わってどれだけ時間が経っても、お嬢様の苦しそうな笑顔が頭から離れなかった。



そんな彼女が今、目の前で楽しそうに笑っている。それも、作り笑顔なんかじゃなく、心の底から。

俺の中にあった悲しそうな彼女の笑顔が、少しずつ消えていく。

「笠木さん!私にも、できました!」

注文を受け、それを店長に伝えただけなのに、子供のように喜んでいる。

どうしてそんなに無邪気に笑うんだ。

あのときとは違う意味で、頭から離れなくなる。

「笠木さん?」

お嬢様が俺の名前を呼ぶ。たったそれだけのことなのに、嬉しいと思う自分がいる。

もう、誤魔化せない。

俺は、お嬢様に惚れたんだ。きっと、初めて会ったときから。

「笠木さん、大丈夫ですか?」

俺の顔を覗き込んで上目遣いをするお嬢様を、抱きしめたい。その可愛い声で、玲生と呼んでほしい。

好きと自覚した途端、今まで顔を出さなかった欲望が湧き出てくる。

ああ、最悪だ。

俺はお嬢様の頭に手を置き、顔を見られないよう少し抑える。

「あの……?」

お嬢様は動揺した声を出す。

ダメだ、お嬢様の行動がどれも可愛く思えてくる。

「……大丈夫だから、心配するな」

お嬢様から手を離す。

そのとき、注文の品を運び終えた里帆さんが戻ってきた。

「里帆さん、お嬢様のことお願いします。俺、洗い物に入るんで」
「え、うん」

その里帆さんを呼び止めた。

さっきまで厨房に入っていて、まだ洗い物が溜まっているわけないから、里帆さんは不思議そうにしながらも、交代してくれた。

自覚したばかりの今、気持ちを隠しきる自信がなかった。

「働かない奴に給料は出さないからな」

厨房に入って大きくため息をついたら、店長が冷たく言ってきた。

「……わかってる」

そうは言ったけど、その日はあまり身が入らなかった。