「あとは笑顔。接客中は笑え」
すると、お嬢様は顔を赤くさせた。それが移りそうで、手を離す。
「玲生、働け」
タイミングよく店長が注文の品を出してくれて、俺は逃げるようにそれを運ぶ。
「お待たせいたしました。ホットコーヒーです」
「なあ、玲生」
カップを机に置き、すぐに去ろうと思ったのに、客に呼び止められた。
小さく手招きされ、顔を近づける。
「あそこに立ってる子、お前の彼女か?」
……これだから、知り合いが店に来るのは嫌なんだ。
「違うよ。ただの同級生」
「そうは見えないんだよなあ」
人をからかうようなその表情、今すぐやめろ。
「しつこい」
それ以上からかわれたくなくて戻ろうとしたとき、お嬢様がまっすぐ俺を見ていたことに気付く。
最悪だ。どこまで真面目なんだ、あのお嬢様は。
おかげで俺は余計な勘違いをされたじゃないか。
「笠木さん。私、できる気がしてきました」
自信が出てきたようでよかった。
俺はお嬢様にバイトしてみろって言ったことを後悔してるよ。
「次は私が注文を聞きに行きますね」
どこで自信がついたのかわからないが、ここに出てきたときの不安そうな表情はなかった。
それどころか、見たことがないくらい楽しそうに笑っている。
もともと、こうして笑うことができる奴だったのだろう。
初めて見たときのつまらなそうな表情、作り笑いが頭に染み付いているから、心からの笑顔を見て、心を揺さぶられる。
◇
俺がお嬢様の存在を知ったのは、一年くらい前で、とあるパーティーのバイトをしているときだった。
時給の高さに釣られてすぐに応募した。
そこでの仕事は、料理を運ぶだけだった。誰が来ているのか、どんな話をしているのかなどは他言無用という条件があったが。
飲み物を持って歩いていたとき、赤いドレスを身にまとったお嬢様を見つけた。
三人の男に囲まれているが、今にも逃げたそうな顔をしていた。
「小野寺さん、ぜひ俺とまた会ってもらえませんか?」
「俺と」
「いや、僕と」
金持ちは大変だな、と思った。
お嬢様は美しい部類に入るだろうが、きっとそれ以外の理由で誘われているのだろう。
困っているところを見ると、なんとなく助けに入りたくなった。
だけど、俺はただのバイトで、余計なことはできなかった。
「機会がありましたら、そのときはまた仲良くしてください」
凛とした姿勢で、見事な作り笑い。男たちはつまらなそうにお嬢様から離れていった。
一人になったお嬢様から、表情が消える。
すると、お嬢様は顔を赤くさせた。それが移りそうで、手を離す。
「玲生、働け」
タイミングよく店長が注文の品を出してくれて、俺は逃げるようにそれを運ぶ。
「お待たせいたしました。ホットコーヒーです」
「なあ、玲生」
カップを机に置き、すぐに去ろうと思ったのに、客に呼び止められた。
小さく手招きされ、顔を近づける。
「あそこに立ってる子、お前の彼女か?」
……これだから、知り合いが店に来るのは嫌なんだ。
「違うよ。ただの同級生」
「そうは見えないんだよなあ」
人をからかうようなその表情、今すぐやめろ。
「しつこい」
それ以上からかわれたくなくて戻ろうとしたとき、お嬢様がまっすぐ俺を見ていたことに気付く。
最悪だ。どこまで真面目なんだ、あのお嬢様は。
おかげで俺は余計な勘違いをされたじゃないか。
「笠木さん。私、できる気がしてきました」
自信が出てきたようでよかった。
俺はお嬢様にバイトしてみろって言ったことを後悔してるよ。
「次は私が注文を聞きに行きますね」
どこで自信がついたのかわからないが、ここに出てきたときの不安そうな表情はなかった。
それどころか、見たことがないくらい楽しそうに笑っている。
もともと、こうして笑うことができる奴だったのだろう。
初めて見たときのつまらなそうな表情、作り笑いが頭に染み付いているから、心からの笑顔を見て、心を揺さぶられる。
◇
俺がお嬢様の存在を知ったのは、一年くらい前で、とあるパーティーのバイトをしているときだった。
時給の高さに釣られてすぐに応募した。
そこでの仕事は、料理を運ぶだけだった。誰が来ているのか、どんな話をしているのかなどは他言無用という条件があったが。
飲み物を持って歩いていたとき、赤いドレスを身にまとったお嬢様を見つけた。
三人の男に囲まれているが、今にも逃げたそうな顔をしていた。
「小野寺さん、ぜひ俺とまた会ってもらえませんか?」
「俺と」
「いや、僕と」
金持ちは大変だな、と思った。
お嬢様は美しい部類に入るだろうが、きっとそれ以外の理由で誘われているのだろう。
困っているところを見ると、なんとなく助けに入りたくなった。
だけど、俺はただのバイトで、余計なことはできなかった。
「機会がありましたら、そのときはまた仲良くしてください」
凛とした姿勢で、見事な作り笑い。男たちはつまらなそうにお嬢様から離れていった。
一人になったお嬢様から、表情が消える。