「あとは笑顔。接客中は笑え」

すると、お嬢様は顔を赤くさせた。それが移りそうで、手を離す。

「玲生、働け」

タイミングよく店長が注文の品を出してくれて、俺は逃げるようにそれを運ぶ。

「お待たせいたしました。ホットコーヒーです」
「なあ、玲生」

カップを机に置き、すぐに去ろうと思ったのに、客に呼び止められた。

小さく手招きされ、顔を近づける。

「あそこに立ってる子、お前の彼女か?」

……これだから、知り合いが店に来るのは嫌なんだ。

「違うよ。ただの同級生」
「そうは見えないんだよなあ」

人をからかうようなその表情、今すぐやめろ。

「しつこい」

それ以上からかわれたくなくて戻ろうとしたとき、お嬢様がまっすぐ俺を見ていたことに気付く。

最悪だ。どこまで真面目なんだ、あのお嬢様は。

おかげで俺は余計な勘違いをされたじゃないか。

「笠木さん。私、できる気がしてきました」

自信が出てきたようでよかった。

俺はお嬢様にバイトしてみろって言ったことを後悔してるよ。

「次は私が注文を聞きに行きますね」

どこで自信がついたのかわからないが、ここに出てきたときの不安そうな表情はなかった。

それどころか、見たことがないくらい楽しそうに笑っている。

もともと、こうして笑うことができる奴だったのだろう。

初めて見たときのつまらなそうな表情、作り笑いが頭に染み付いているから、心からの笑顔を見て、心を揺さぶられる。



俺がお嬢様の存在を知ったのは、一年くらい前で、とあるパーティーのバイトをしているときだった。

時給の高さに釣られてすぐに応募した。

そこでの仕事は、料理を運ぶだけだった。誰が来ているのか、どんな話をしているのかなどは他言無用という条件があったが。

飲み物を持って歩いていたとき、赤いドレスを身にまとったお嬢様を見つけた。

三人の男に囲まれているが、今にも逃げたそうな顔をしていた。

「小野寺さん、ぜひ俺とまた会ってもらえませんか?」
「俺と」
「いや、僕と」

金持ちは大変だな、と思った。

お嬢様は美しい部類に入るだろうが、きっとそれ以外の理由で誘われているのだろう。

困っているところを見ると、なんとなく助けに入りたくなった。

だけど、俺はただのバイトで、余計なことはできなかった。

「機会がありましたら、そのときはまた仲良くしてください」

凛とした姿勢で、見事な作り笑い。男たちはつまらなそうにお嬢様から離れていった。

一人になったお嬢様から、表情が消える。