「最初は不安だろうけど、私たちがフォローするから、自信持って。あとは実践あるのみ」

早速あの場に立つのかと思うと、緊張で足が震える。

「っと、その前に調理場に行っておこう」

白川さんに手を引かれ、調理場に入る。ケーキメインの料理だから、甘い匂いがする。

「店長、玲生が言ってた小野寺さん、ホール入ります」
「了解」

声だけで、店長の姿は見えなかった。それから心の準備をする間もなく、お客様の前に立つことになった。

笠木さんが接客をしていて、瑞希ちゃんたちは本当に待ってくれている。ほかにもお客様がいる。

「接客は玲生の真似で大丈夫。積極的にお願いね」

白川さんは私の背中を押し、厨房に戻った。

注文を聞き終え、空いた皿を運んでんいる笠木さんと目が合う。

「頑張れ」

すれ違いざまに囁かれ、不思議と勇気が出てきた。

「すみません、注文お願いします」

バインダーとペンを持って呼んでいるお客様の席に行こうとしたとき、白川さんの言葉を思い出した。

返事はしっかりする。

だけど、この場合どう返事すればいいのかわからない。

「はい、今行きます」

迷っている間に、笠木さんが返事をした。横を通り過ぎて行く。

……私、どうしてここに立っているのだろう。



お嬢様の代わりに注文を受け、それを店長に伝える。

動けなかったからか、お嬢様は落ち込んでいるように見える。

「すぐに動ける奴はいねーから、そんな思い詰めた顔すんなよ」

お嬢様は泣きそうな顔で見上げてくる。

箱入り娘がいきなりバイトすれば、まあこうなるだろうな。

「私……呼ばれて、どう返事をすればいいのかわかりませんでした……」

たった一度でここまで落ち込むのか。真面目というかなんというか。

「里帆さんはなんて?」

俺の代わりに里帆さんがお嬢様をスタッフルームに連れて行ったのを見たから、里帆さんが仕事内容を説明してくれたはずだ。

これだけ真面目なお嬢様が、その説明を聞き逃したとは思えない。

「注文を聞いて、それを伝える。そして、料理を運ぶ、と……接客は、笠木さんを見て真似しなさいと言われました……」

お嬢様が動けなくなるのも無理ない。

それだけで、初心者が行動できるかよ。

「お客様が入ってきたら、いらっしゃいませ。席の案内は俺がするから、しなくていい。呼ばれたら、今行きます。お客様が帰るときは、ありがとうございました。挨拶はこんなもんだ」

普通に考えて、いろいろ店に行っていればわかることだろうが、お嬢様が行ってるわけない。

一から教える以外ない。

しかし俺の話を真剣に聞いてくれるのはいいが、表情が硬い。

俺はお嬢様の頬を両手で挟む。