ちょうど笠木さんは調理場に入っていたらしく、お店が話題の理由を教えてくれた店員さんにスタッフルームまで案内された。

「そういえば、名前まだ言ってなかったね。私、白川里帆」

白川さんは制服を探しながら名前を教えてくれた。

「小野寺円香です」
「小野寺さんね。これ、来てみて」

服を持たされ、更衣室に連れて行かれた。そこは部屋の隅で、ただカーテンで仕切られているだけだった。

「どう?サイズ、大丈夫そう?」

カーテンを開け、見てもらう。

「うん、大丈夫そうだね。あとは、髪」

白川さんは私の髪をじっと見る。

「その長さなら結んだほうがいいかも。髪ゴムはある?」

判断や質問のスピードに圧倒され、首を横に振ることでしか答えられなかった。

それを見た白川さんは、私の両肩に手を置いた。

「返事はしっかりする。ゴム、持ってる?」

白川さんのはきはきとした話し方に圧倒されている場合ではなかった。

私の態度は間違ったものだと、注意されなければわからなかった。

「あ、ありません」

笑顔に戻った白川さんは、私の肩を叩いて離れた。

働ける自信がなくなってきたけど、今経験しておかなければ、この先きっと恥をかいたことだろう。

白川さんはポーチのような袋の中を探り、黒いゴムを取り出した。

「これ、私のゴム。使って」
「ありがとうございます」

受け取ったのはいいが、巻かれた髪をまとめるのは至難の業だった。見兼ねた白川さんが後ろで一つに束ねてくれる。

「すみません……」

この時点でもう足でまといになっているような気がして、申しわけなくなってくる。

それが伝わってしまったのか、白川さんは私の不安を吹き飛ばすように私の背中を叩いた。

「じゃあ次、仕事の説明するよ」

白川さんは服の棚の隣にある箱から、紙の束と手のひらサイズの黒いバインダーを取り出した。紙はバインダーに挟む。

「円香ちゃんの仕事は、注文を聞いて、それを調理場で伝える。それから、料理を運ぶだけ」

バインダーを渡されながら聞くが、それが難しいのではないかと思う。

しかし、その不安はすぐに消えた。

紙には全メニューが書かれていて、言われたものにチェックをすればいいだけだった。

問題は、料理を運ぶほうだ。

こぼしてしまいそうで、怖い。もしくは、運ぶのに時間がかかり、お客様にも白川さんたちにも迷惑をかけるか。

そう考えると、どうして気軽にアルバイトをしてみたいと言ったのだろうかと、後悔してしまう。